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日本100名城訪問記 その47(明石城 2017/07/10)

日本100名城、47番目の訪問は明石城である。


明石城江戸時代に入った1618年に小笠原忠真によって築城された。

この小笠原忠真は松本城→明石城→小倉城と、あちこちの城主を任された
人物である。

小笠原氏について調べてみたら、清和源氏の流れを組む由緒正しい家柄で、
阿波、石見、京都、信濃といった諸国に分家がある。

小笠原忠真は信濃小笠原氏のさらに分家の府中小笠原氏であるが、戦国時
代に早々に武田信玄に駆逐されたイメージしかないが、流浪しながらも、
最終的に徳川家に仕え、戦功をたて、城持ち大名になったというのは、
なかなかすごいことだと思う。


明石城はアクセスが非常に良く、JR明石駅の目の前にある。
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JR明石駅の前の横断歩道を渡る。
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すぐに外堀がある。
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明石公園がまさに明石城址で、入ったところに公園事務所がある。
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労せず、100名城スタンプゲット。
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あとは適当に城跡を散策。
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石垣と階段。
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城壁
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天守台。
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天守跡。
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天守あとから見た明石の街。
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これで、兵庫県で分断されていた中国地方と近畿地方以東の地図が
繋がったのと、近畿のすべての100名城に訪問したこととなった。
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明石城
別名喜春城、錦江城
城郭構造連郭梯郭混合式平山城
天守構造なし(天守台はあり)
築城主小笠原忠真
築城年1618年(元和4年)
主な改修者松平直常
主な城主松平氏(越前系)
廃城年1874年(明治7年)
遺構櫓、石垣、堀、移築門
指定文化財
国の重要文化財(巽櫓・坤櫓)、国の史跡
再建造物
位置兵庫県明石市(北緯34度39分10.07秒 東経134度59分30.47秒)
交通手段JR山陽本線「明石」駅・山陽電鉄本線「山陽明石」駅から徒歩5分
スタンプ明石公園サービスセンター受付窓口



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[ 2017年08月19日 04:19 ] 兵庫県 | TB(-) | CM(0)

日本100名城訪問記 その46(篠山城 2017/07/10)

日本100名城、46番目の訪問は篠山城である。

幼少時代、大阪に住んでいた私にとって、丹波篠山といったら、すごい遠く
の山奥という印象しかない。

そんな丹波篠山の山奥に来ることができたのも、100名城スタンプと巡り合った
おかげだろう。

この篠山城は、江戸時代に入ってから徳川家康により築城された。

こんな山奥に、何で征夷大将軍が築城したのかと、一瞬疑問に思ったが、
まだ豊臣氏が健在な頃なので、豊臣氏や西国大名に睨みを利かせる意味で
建てられたということを知ってなるほどと思った。

最寄り駅はJR福知山線 篠山口駅。
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駅から神姫グリーンバスに乗る。
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バスで約50分
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二階町バス停で降りる。
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歩いて5分で篠山城址がある。
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門をくぐる。
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訪れたのが月曜日なので、閉館していた。
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閉館はしていたが、100名城スタンプを押すことはできた。
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大書院の端。
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二の丸御殿跡。
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二の丸御殿跡からみた大書院。
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天守台。
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天守台は作られたが城郭が堅固すぎるため天守閣は作らられなかったという。
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天守台から、波多野氏の城である八上城のあった高城山が見える。
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八上城は波多野氏攻めをしていた明智光秀の母親が磔になった場所
であり、織田信長の因縁の場所の一つなので、戦国フリークとしては
そちらにも行きたかったが、時間の関係上行けなかった。

竹田城
別名桐ヶ城
城郭構造輪郭式平山城
天守構造なし(天守台はあり)
築城主徳川家康
築城年1609年(慶長14年)
主な改修者
主な城主形原松平家、青山氏
廃城年1871年(明治4年)
遺構石垣、堀
指定文化財
国の史跡
再建造物御殿
位置兵庫県篠山市(北緯35度4分22.16秒 東経135度13分5.71秒)
交通手段JR福知山線「篠山口」神姫グリーンバス20分「二階町」下車徒歩5分
スタンプJR竹田駅、山城の郷、竹田城観覧料収受所、情報館天空の城



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[ 2017年08月18日 04:47 ] 兵庫県 | TB(-) | CM(0)

日本100名城訪問記 その45(竹田城 2017/07/10)

日本100名城、45番目の訪問は竹田城である。

竹田城は室町時代に山名氏により築城された城で、山名氏配下として隣の
赤松氏討伐に功のあった太田垣氏の居城となる。

その後、太田垣氏は地味に毛利元就や織田信長とこの竹田城で戦って最終
的には滅亡している。

そういった地味な竹田城ではあるが、平成に入ってから映画「天と地と」
でロケ地に使われ、その後100名城に任命されてから、天空城として話題
になるように映画のロケ地やCMで使われ、日本のマチュピチュとして
脚光を浴びた。

平成に入って表舞台に出た城とでも言うべきか。


最寄り駅はJR播但線の竹田駅となるが、車で移動するなら隣の和田山駅でもよい。
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竹田駅舎。わりと立派である。
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100名城スタンプは竹田駅にもるのだが、せっかく押すのであれば城に近い
設置所で押したいので駅で押すのはやめておいた。

矢印に従い竹田城に向かう。
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城は駅の裏側の虎伏山にあるので踏切を渡る。
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登山道の入口が神社になっている。
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神社への階段ではなく、左脇の山道にそれる
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獣が里に降りてこないように、柵を開け閉めしなければならない。
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最初は割とお穏やかな山道。
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しかし、階段は割りと急なので夏場に登るのはこたえる。
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桟道とまでは行かないが割と細い道なので、気をつけて登らないと危ない。
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勾配のきつい山道の800mはかなり疲れる。
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ようやく舗装された道路に出た。
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竹田城受付。
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観覧料に500円取られる。このような辺鄙な場所の山城の保存には
このぐらい取らないとやっていけないか。まあやむを得まい。

スタンプをゲット。
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500円取るだけあって割と整備されている。
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雲海とまでは行かないが、多少霧があり雰囲気は出ている。
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見頃は9月~11月の濃霧の日だと言われている。
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城の歴史は地味でも、日本全国でこれだけ脚光を浴びられたのだから、
城としては幸せだろう。

地下の太田垣一族が現代の竹田城の様子を見たらどう思うのだろうか。

竹田城
別名天空の城、虎臥城、安井ノ城
城郭構造梯郭式山城
天守構造不明(天守台有り)
築城主山名宗全(伝承)
築城年1431年(永享3年)(伝承)
主な改修者羽柴秀長、赤松広秀(斎村政広)
主な城主太田垣氏、羽柴秀長、桑山重晴、赤松広秀
廃城年1600年(慶長5年)
遺構石垣、堀、井戸など
指定文化財
国の指定史跡
再建造物なし
位置兵庫県朝来市(北緯35度18分1.89秒 東経134度49分44.09秒)
交通手段JR播但線「竹田」駅 徒歩50分
スタンプJR竹田駅、山城の郷、竹田城観覧料収受所、情報館天空の城



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[ 2017年08月16日 04:20 ] 兵庫県 | TB(-) | CM(0)

横浜大世界

先日、みなとみらいのランドマークタワーにあるトリックアートに行って、
長女が気に入ったので、別のトリックアートをということで、今度は次女も
連れて、中華街にある横浜大世界に行った。

連休初日のこの日、嫁は実家への帰省の用意があったので、3人で行くこと
にした。

石川町到着。
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夏休みの初日で雨ということで、ガラガラだろうと思っていたら予想に
反して中華街は混雑していた。
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中華街に来たときにはいつも無視していた横浜大世界に到着。
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中華街にフランスの旗とはまた場違いな。

なんでもベルばらの部屋という企画展みたいなものをやっているらしい。


チケットは大人1,300円、こども600円。
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お金を払うと、エレベータに乗る。
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8階に移動
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まあいろいろなトリックアートがあり、こどもと写真を撮りながら楽しんだ。
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フォンテーヌブロー派の乳首つまむ絵。
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教育に悪いが、乳首をつまみながらこどもに写真を撮ってもらった。

ちなみに絵の名前は「ガブリエル・デストレとその妹」

渦巻きを見てムンクの叫びをみると背景が揺らぐ。
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結構有名な絵画をモチーフにしたトリックアートがあって楽しかった。

階を下がっていくとレーザーショーとかもあったが、すぐに飽きた。
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ベルばらのオスカル。
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ベルばらと言えば子供の頃、よくアニメでやっていたが、女の子用のアニメ
だったので、見ることもなかった。

どういうストーリーか全く知らないが、フランスの歴史を知っている今になっ
て見てみると面白いかもしれない。

平衡感覚を狂わせるトンネル。
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水面に触れるとアニメーションされる絵。
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エンベデッドシステムスペシャリスト取得の旅好きおやじは、こどもの
動きを捉えるカメラと、それに合わせて水面をアニメーションさせる技
術があるのだろうと想像した。

他にも、シャボン玉に入るアトラクションとかもあり、なかなか楽しかっ
た。

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[ 2017年08月14日 04:52 ] 横浜市 | TB(-) | CM(0)

日本100名城訪問記 その44(赤穂城 2017/07/09)

日本100名城、44番目の訪問は赤穂城である。

赤穂城は1466年頃に築城され、1世紀半後、姫路藩主の池田輝政の弟長政
が赤穂領主となる。
その後、輝政の弟→輝政の次男→五男→六男と継ぐが、六男の輝興が発狂
したことで改易となり、その後、浅野氏が継ぐことになる。

その浅野氏の浅野内匠頭が吉良上野介に切りかかり、切腹の沙汰がくださ
れたあと、浅野氏の家臣が吉良氏に仇討ちした事件が赤穂事件、いわゆる
忠臣蔵の話である。

吉良上野介が浅野内匠頭に意地悪をしまくって、浅野内匠頭が怒り吉良上
野介に切りかかったと言うが、吉良上野介が意地悪をした証跡はなく、善政
を敷いた政治家で、反対に浅野内匠頭が切れやすい男という話が残ってお
り、忠臣蔵は創作であると言われている。

JR赤穂線 播州赤穂駅で降りる。
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駅には忠臣蔵の文字が。
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播州赤穂駅舎
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駅前には忠臣蔵の主人公大石内蔵助像。
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赤穂城までは駅から一直線で行ける。
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赤穂城に到着。
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外堀。
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大石内蔵助の屋敷跡。
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本丸跡は堀から少し歩いたところにある。
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赤穂城本丸付近。
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城門。
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城門の裏にスタンプが置いてあったのでスタンプゲット。
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櫓門。
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櫓門の中。
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忠臣蔵というと、大石内蔵助の仇討ちの美談という話を聞いていたが、
そうでもないということがわかって、訪れた価値はあった。


赤穂城
別名加里屋城、大鷹城
城郭構造変形輪郭式平城
天守構造建造されず
築城主岡光広
築城年1466年(文正元年)?1483年(文明15年)
主な改修者池田長政、浅野長直
主な城主池田氏、浅野氏、森氏
廃城年1873年(明治6年)
遺構石垣、堀
指定文化財国の史跡、名勝(本丸庭園、二の丸庭園)
再建造物櫓・門、庭園(復元中)
位置兵庫県赤穂市(北緯34度44分44.41秒 東経134度23分20.34秒)
交通手段JR赤穂線「播州赤穂」駅 徒歩15分
スタンプ赤穂城本丸櫓門下、赤穂市立歴史博物館



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[ 2017年08月10日 04:22 ] 兵庫県 | TB(-) | CM(0)

長崎の平和公園 願いのゾーン

今日は長崎原爆の日なので、去年行った長崎の平和公園にある願いの
ゾーンについて書いてみたい。


長崎の平和公園には、世界各国から送られたモニュメントが多数設置
されている。

平和公園は丘の上にあり、エスカレータで上がることができる。
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入り口には有名な碑文がある。
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「のどが乾いてたまりませんでした
  水にはあぶらのようなものが
 一面に浮いていました。
 どうしても水が欲しくて
 とうとう油の浮いたまま飲みました。」

  -あの日のある少女の手記から

願いのゾーンに移動する。

約30年前から長崎市が進めてきた、「世界平和のシンボルゾーン」計画
での各国への呼びかけに対して、世界各国からモニュメントが寄贈された。

寄贈された順番に紹介したい。

平和の記念碑。ポルトガル共和国ポルト市。1980年3月。
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人生の喜び。旧チェコスロバキアから。1980年8月。
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Aコール。ブルガリア人民共和国。1980年12月。
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諸国民友好の像。旧東ドイツから送られたもの。1981年5月。
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未来の世代を守る像。オランダ王国ミデルブルフ市。1983年10月。
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乙女の像。中華人民共和国から。1985年7月。
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平和。旧ソビエト連邦から。1985年8月。
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生命と平和の花。ポーランド人民共和国。1986年8月。
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人生への讃歌の像。イタリア共和国ピストイア市。1987年7月。
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平和の碑。ブラジルサントス市。1988年12月。
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太陽と鶴。キューバ共和国。1988年12月。
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無限。トルコ共和国アンカラ市。1991年3月。
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地球星座。アメリカ合衆国セントポール市。1992年10月。
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戦争に対する平和の勝利。アルゼンチン共和国サン・イシドロ市。1996年4月。
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平和のマント。ニュージーランド。2006年10月。
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市から寄贈されたものもあるが、特に1980年代前半に国として贈った国に
は当時の社会主義陣営が揃っている。

1980年代、アメリカ・レーガン大統領「強いアメリカ」を標榜し、軍拡を実施。
ソ連を「悪の帝国」と非難し、ソ連のSS20という核ミサイルに対抗して
西ヨーロッパにアメリカ製中距離核ミサイルを配備。

この中距離核ミサイルの脅威にさらされた共産主義国が、モニュメントを
送ったと言われている。

そして30年経った今、北朝鮮が核ミサイルを作ろうと躍起になっている。


核なき世界は、北朝鮮を除く万国民の建前上の望みだが、すでにある核
をどうやってなくしていくのかというのは、答えがなかなか出ない難しい
問題である。
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[ 2017年08月09日 04:36 ] 長崎県 | TB(-) | CM(0)

日本100名城訪問記 その43(姫路城 2017/07/09)

日本100名城、43番目の訪問は姫路城である。

日本の城の中で一番の城を選べと言われれば、国宝であり世界遺産でもある
姫路城を選ぶ人も多いだろう。

江戸時代から現存している天守の中でも、大規模であり、壮麗なものはほかに
ないだろう。

そんな姫路城は、南北朝の室町時代に播磨国守護の赤松氏により建てられた城
であるが、現在の大規模な城郭になったのは、江戸時代のはじめ、まだ豊臣氏が
滅びていない頃、外様大名の池田輝政によって改築されたためである。

そんな池田氏によって建てられた城であるが、西国を見張る重要な拠点という
こともあり、輝政の孫の代に早々に追い出され、そのあと本多氏、酒井氏、
榊原氏といった徳川譜代大名が担当することになる。

そんな姫路城はJR山陽本線姫路駅で下車する。
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JR姫路駅からは、遠くに姫路城が見えるのでそこに向かって歩いていく。
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徒歩15~20分ぐらいかかる。
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姫路城の正面。
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別名、白鷺城と言われるだけあって、全体的な白い城である。
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チケット売り場。入場料1,000円。4桁というのもほかの城と比べて破格である。
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門には国宝姫路城とある。
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姫路城は典型的な平山城で、丘の上に城が建っているので意外に体力を使う。
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姫路城天守閣。
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入り口
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上り階段。
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多くの木造の城は、上り階段と下り階段が同じだが、姫路城は一方通行のようである。


木でできたところが歴史を感じる。
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大阪城や名古屋城みたいな博物館城とは重みが違う。

階段をどんどん上に上がる。
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最上階には刑部神社という神社まである。
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天守閣からの風景。
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そうそう。スタンプを押すのを忘れていた。


スタンプの設置場所は、料金所の外側にあるのでその気になれば、
無料でスタンプを押すことができる。
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スタンプゲット。
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しかし、ここまで来て、スタンプだけ押して城の中に入らないという
人も中々いないだろう。

姫路城
別名白鷺城
城郭構造渦郭式平山城
天守構造連立式望楼型5重6階地下1階
築城主赤松貞範
築城年1346年(南朝:正平元年、北朝:貞和2年)
主な改修者黒田重隆・羽柴秀吉・池田輝政
主な城主小寺氏・黒田氏・池田氏・本多氏・酒井氏
廃城年1871年(明治4年)
遺構現存天守・櫓・門・塀・石垣・堀・土塁・庭園
指定文化財
国宝(大小天守と渡櫓等8棟)
重要文化財(櫓・渡櫓27棟、門15棟、塀32棟)
特別史跡
ユネスコ世界遺産
再建造物
位置兵庫県姫路市(北緯34度50分21.76秒 東経134度41分38.75秒)
交通手段JR山陽本線「姫路」駅 徒歩20分
スタンプ姫路城管理事務所入口



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[ 2017年08月08日 04:04 ] 兵庫県 | TB(-) | CM(0)

日本100名城訪問記 その42(津山城 2017/07/09)

日本100名城、42番目の訪問は津山城である。

室町時代、美作の守護大名、山名教清がこの津山に城を建てたが、応仁の
乱で山名氏が衰退し廃城になる。

その後、森蘭丸の弟の森忠政がこの津山藩に入封したのだが、このとき、
美作の国人衆が、森忠政の入国を拒否しようと一揆軍を編成し夜襲を行
う。
この際、一揆軍が夜襲などで混乱した隙に、入場したら、一揆軍は一転し
て森氏に取り入るような動きをしたという。

そんな土地であることから、森忠政は壮大な城をここに築き、広島城の
76棟、姫路城61棟をしのぐ77棟の櫓が建ち並び、江戸城、大坂城に並ぶ
規模になったという。

JR津山線津山駅で降りる。
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津山駅前。B'zの稲葉氏の故郷、津山ホルモン、津山事件などで有名な街。
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駅の規模の割にはタクシーが結構並んでいた。
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歩いていける距離なので歩いて行く。
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普通の駐車場のようだが、京橋御門跡として石垣なども残っている。
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津山城のある鶴山公園に到着。
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公園に入るには入場料300円取られる。
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江戸時代に改築された城なのでかなり整備されている。
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石垣と階段。
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また階段。
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津山城は、姫路城、松山城と並び、日本三大平山城というだけあり、
天守後まで行くのに結構体力を使う。


門。威圧感がある。
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備中櫓。公園入り口で入場料を取られたのでここはただで入れる。
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備中櫓でスタンプをゲット。
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天守台に登る。
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天守台から見る津山の景色。
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戦国時代が好きな人間にとって、江戸時代に改築のあった津山城など
ノーマークであったが、こんな立派な城だったのは意外な発見だった。

津山城
別名鶴山城
城郭構造梯郭式平山城
天守構造独立式層塔型4重5階(非現存)
築城主山名忠政
築城年嘉吉年間(1441年~1444年)
主な改修者森忠政
主な城主山名氏、森氏、松平氏
廃城年明治6年(1873年)
遺構石垣、堀
指定文化財
国の史跡
再建造物備中櫓、堀
位置岡山県津山市(北緯35度3分45.97秒 東経134度0分17.83秒)
交通手段JR津山線津山駅から徒歩15分
スタンプ津山城備中櫓受付



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[ 2017年08月05日 04:04 ] 岡山県 | TB(-) | CM(0)

日本100名城訪問記 その41(萩城 2017/07/08)

日本100名城、41番目の訪問は萩城である。

江戸時代の萩藩では明治維新の志士が多く排出された土地である。

萩藩と言われるより、長州藩のほうが馴染みがあるかもしれない。

長州藩という呼び名は、萩藩と周防山口藩を総称したものである。

幕末に萩藩の志士たちが倒幕の中心となったのも、時代を遡ること260年前
に関ヶ原の戦いで西軍の総大将である毛利輝元が所領を大幅に召し上げら
れたことによるものとされている。

毛利輝元は織田信長と対立するが、本能寺の変の後は後継政権である豊臣
政権において、四国攻め、九州攻めで先鋒を務め頭角を現し、朝鮮出兵の
際にも主力軍として戦う。

その後五大老となり、徳川家康に次ぐ力を持つが、石田三成や安国寺恵瓊に
より西軍の総大将に祭り上げられてしまい、本人は戦闘に加わらなかったが、
処罰として、所領を中国地方112万石から29万8千石に大減俸されてしまう。

戦闘に加わらなかったが西軍の総大将なのに所領を安堵されたのは、先に
紹介した岩国城の吉川広家の尽力が大きいとされている。

萩城の最寄り駅はJR山陰本線の萩駅となる。
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駅前には萩城の模型がるが、実際の萩城は現存していない。
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駅前に1時間200円の貸自転車があるので、萩の観光をするならバスよりも
小回りがきく。
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駅を出て、ひたすら萩城まで自転車で向かう。
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歩くと30分以上かかるが、自転車だと約10分ほどである。
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毛利輝元像。
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わりと整った石垣。
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萩城跡の指月公園に入るには210円取られるが、ついでに城から少し離れた
ところにある厚狭毛利家の屋敷にも入ることができる。
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萩城スタンプゲット。
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受け付けのおばさんが「スタンプたまりましたか?」と聞いてきたので、
「まだ半分ぐらいです。全部押さないと気がすまないので周ってます」と答えた。

公園内にある志都岐山神社。
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天守台付近
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天守台の上から見た堀。
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天守台の上
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広島城から萩城に移された毛利輝元も、その藩の子孫たちが、無念を晴らし
てくれて墓の下で、さぞ喜んでいただろう。

萩城
別名指月城
城郭構造梯郭式平山城(指月山)
天守構造複合式望楼型5層5階(1608年築・非現存)
築城主毛利輝元
築城年慶長9年(1604年)
主な改修者
主な城主毛利氏
廃城年明治7年(1874年)
遺構長屋、石垣、堀
指定文化財
国の重要文化財(厚狭毛利家長屋)
再建造物北の総門・土塀・土橋
位置山口県萩市(北緯34度25分3.33秒 東経131度22分56.92秒)
交通手段JR山陰本線東萩駅からレンタルサイクルで12分(徒歩33分)
スタンプ本丸入り口料金所



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[ 2017年08月03日 04:11 ] 山口県 | TB(-) | CM(0)

日本100名城訪問記 その40(津和野城 2017/07/08)

日本100名城、40番目の訪問は津和野城である。

今年の目標は15の名城を訪問し、合計40名城にすることだったのだが、
この時点で目標を達成してしまった。

津和野城は1295年の鎌倉時代に、源頼朝の異母弟である源範頼を祖とす
る吉見氏が鎌倉時代、室町時代、戦国時代、そして江戸時代はじめまで
居城としていた城である。

その後、城主となったのが坂崎氏で、当主坂崎直盛は大阪夏の陣のときに、
家康の孫娘で豊臣秀頼の正室である千姫を救出した人物で、当時千姫を
救出した者が千姫を娶ることができるとされていたのだが、約束を反故に
され千姫を奪おうと千姫事件を起こす。

この事件で坂崎直盛は、お家存続を考えた家臣たちに殺される。
結局、坂崎家は断絶してしまう。

その後にこの城に入った亀井氏が江戸時代まで津和野を治めることになる。

JR山口線の津和野駅で降りる。
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津和野駅舎。
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津和野駅から津和野城まで歩くと20分かかるが、麓までは平坦な道なので
貸自転車を借りる。500円だった。
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山陰の小京都津和野の道をサイクリング。
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津和野の堀には鯉が泳いでいる。
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これは坂崎直盛の時代に蚊が大量発生したときに、その蚊をボウフラのうち
に食べてもらうために放流したのが起源とされている。

太鼓谷稲成神社の鳥居。
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ずっと続く鳥居の門をくぐる。
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太鼓谷稲成神社。
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神社をそのまま通り過ぎ駐車場方面に歩く。
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リフト乗り場が見える。
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リフト茶屋にスタンプがある。
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往復のリフト450円を払った後、100名城スタンプをゲット。
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リフト茶屋で休憩することもできるが、係員がプレッシャーになりさっさと
リフトに移動する。
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リフト。こういうリフトは25年前にスキーに行ったとき以来。
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リフトを降りてしばらく山道を歩く。
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石垣。
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こちらのほうは苔がむしていない石垣。
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天守台跡。
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津和野城からの眺め。
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津和野城
別名一本松城、三本松城、石蕗城
城郭構造連郭式山城
天守構造
築城主吉見頼行
築城年永仁3年(1295年)
主な改修者坂崎直盛
主な城主吉見氏、坂崎氏、亀井氏
廃城年明治4年(1871年)
遺構櫓2棟、石垣、空堀
指定文化財
国の史跡
再建造物
位置島根県鹿足郡津和野町(北緯34度27分37秒 東経131度45分51秒)
交通手段JR山口線津和野駅から徒歩20分、リフトで山頂まで移動し、徒歩15分で三十間台(本丸)
スタンプリフト茶屋




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[ 2017年08月02日 04:16 ] 島根県 | TB(-) | CM(0)
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旅好きおやじの日記

Author:旅好きおやじの日記
職業はIT関係です。
趣味は海外旅行(22カ国制覇)、読書、資格取得です。
取得した資格は以下のとおりで、半分趣味のようになってます。

・情報処理
 ・ITストラテジスト
 ・システム監査
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 ・アプリケーションエンジニア
 ・テクニカルエンジニア(システム管理)
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