旅好きおやじの日記 TOP  >  国内旅行

マイルで北海道へ

ANAのマイルが13,000マイルたまった。

4月のローシーズンであれば13,000マイルあれば沖縄に行けるのだが、
沖縄には過去2回行っているので、北海道に行くことにした。

4月の上旬の場合、北海道には12,000マイルで行ける。

北海道は広いので、行くところはたくさんあるのだが、今回は根室に行く。

根室には、100名城に指定されている「根室半島チャシ跡群」があるから
である。

あと、北海道の地図だけを見ていると、根室に行ったついでに、それほど
遠くはなさそうな、世界遺産の知床とか、網走刑務所にも行ってみたいと、
簡単に思ってしまうが、北海道の地図と、本州の地図を見比べると、かな
り離れていることがわかる。

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根室と網走は、大阪と名古屋ほど離れているのである。

本州にいる感覚なら、新幹線でという感覚になるほどの距離である。

北海道に行くこと自体、47年の人生を送ってはじめてなので、これから
残りの人生で、そう行ける場所もないので、中標津空港で2日分レンタ
カーを借りて、根室→知床→網走と周ってみたいと思う。

自分の中では、沖縄での那覇から辺野古への130kmの往復ドライブが
最長記録なのだが、その3倍近くを運転しなければならない。
かなり疲れそうである。

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[ 2018年02月13日 04:22 ] 北海道 | TB(-) | CM(2)

川崎新町探訪

元祖ニュータンタンメン本舗 川崎京町店に行くために、南武線の尻手駅
から、南武支線に乗って川崎新町で降りた。

川崎新町にはチャリで行ったほうが早いのだが、南武支線に乗ったことも
ないのでわざわざ電車でやってきた。

川崎新町到着。
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最近まで駅名プレートが旧国鉄のものだったのだが新しくなった。

駅の連絡通路が、なんとなく近未来風。
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南武支線の案内図。川崎新町からは、尻手、浜川崎の両州店まで4分の距離にある。
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川崎新町の駅舎。
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Suicaの読み込み機は無人駅のものであるが、駅員はいるようである。

小田緑地。緑はないが・・・
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サラ金などの案内板も錆びていて時代と土地柄を物語っている。
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商店街の方に向かう。
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掲示板が土地柄を表しているようである。
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韓国家庭料理とお惣菜の店。
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マルエツ。
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近くでタンタンメンを食べた後再び、周囲を散策する。
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自民、公明、共産など、節操なくポスターがバシバシ貼られている。
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特に何の変哲もないドラッグストア。
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こちらはまいばすけっと。
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まいばすけっとと言えば、あまり安売りのイメージはないのだが、土地柄からか
缶コーヒーが27円で売っていた。

商店街に似つかわしくない、金・プラチナ現金買取。
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ただ、もう営業はしていないようである。


マーケットプレイス ヒルマ。
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トチオトメが399円と結構安い。さすが庶民の街のスーパーである。
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この辺の安売りスーパーで双璧をなしているフレッシュの方は営業していなかった。
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もう少し散策してみる。
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セブンイレブンがあるのだが、ほとんど客は入っておらず。
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駐車場には長時間駐車している車に、注意の紙が挟まれていた。
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恐らく、タンタンメン屋の客だろう。この客の入りだと、このセブンイレブンが
潰れるのも時間の問題だろう。



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[ 2018年01月31日 04:35 ] 川崎市 | TB(-) | CM(0)

JR四日市駅とオンボロ商店街

三重県四日市市といえば、我々40代が小学校の社会の時間に「公害」
について習うとき「四日市ぜんそく」で有名である。

当時、公害の代表例として、水俣病、イタイイタイ病、第二水俣病(新潟
水俣病)、四日市ぜんそく習ったので、中部圏内に住んでいない人でも
聞いたことのある地名だろう。

そんな、四日市にめったに来られるものでもないので寄ってみることに
した。

津駅から伊勢鉄道で1時間ぐらいかけて四日市に向かった。
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四日市のコンビナートが見えてきた。
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工場からのばい煙がすごいが、これはほとんど水蒸気である。

公害がひどかった1960年代には、この煙に二酸化硫黄が多く含まれ、
50代の住民の10%以上が発病したと言われている。

四日市駅に到着。
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日石のタンクレッシャーを見ながら、少し離れた駅舎に行く。
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小入道レンタルサイクル。
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四日市ではこの小入道というのが有名らしく、地元のお祭の出し物として
街中を練り歩くらしい。

四日市駅を出る。
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駅を出てすぐ右に曲がるとハローワークがある。
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共産党やら社民党やら、探偵事務所のポスターやらと、地域の特徴が
ひと目で分かる一角。
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探偵というのは、浮気調査とか身元調査、人探しなど、普通の生活を
している限り関わることもない。

やはり、問題がありそうな人の多そうな街に貼られる傾向がどうしてもある。

しかし、今の段階で駅徒歩1分圏内なのだが半端ない寂れようである。

三重県というのは近鉄王国である。

近鉄とJRが並走しており、同じ駅舎を共用している駅も多い。

近鉄の駅はそこそこ栄えているのだが、近鉄とJRの駅が離れている四日市
の場合、JR側の寂れ用は半端がない。

四日市も近鉄とJRで1km離れているためこの寂れようなのである。

きっちんケミア。
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今回の目的地であるバラック商店街を見に来る物好きが立ち寄ると言われる
食堂である。
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腹も減っていないので、そのままバラック商店街、三和商店街に向かった。

これがその三和商店街。「明るい商店街」と入り口に書かれている。
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アーケードから太陽光がさしており、たしかに明るい商店街である。
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屋根が剥がれており、傘を指しながら商店街を歩く。
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この辺は暗い商店街。
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しかし、この崩れようは半端ない。
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たしか、神戸の長田でこういう商店街に行ったこともあるが、あちらは阪神
大震災で崩れたのに対し、こちら東海地方は此処最近地震もないのに、この
崩れよう。

今、ここで地震が来たら、完全に建物の下敷きになり死にそうである。
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太陽光がさし、本当に明るい。
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完全に廃れたわけではなく、看板がわりと手入れされていたりする。
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こんなところに用もないのにうろついていると、因縁をつけられそうである。
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そう思ったら、怖くなり、商店街を後にする。
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最後に政党名がくり抜かれた岡田克也のポスターを見ながら、「貧すれば鈍する」
ということわざを、口ずさみ四日市に戻る旅好きおやじであった。

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[ 2018年01月22日 04:11 ] 三重県 | TB(-) | CM(0)

津と大門商店街

松坂城に行った後、せっかくなので三重県の県庁所在地である津にも
行ってきた。

日本一短い名前の街の津駅で降りる。
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どっかの外人が、津の駅名プレートは遠くから見ると「?」に見えるので
ふざけた駅だと言っていたが、そう言われるとそのように見える。

日本だけではなく、世界でも一番短い町の名前にしようと、英字表記
を「Tsu」ではなく「Z」にしようという運動もあったようだが、Zとい
のはそれ単独では発音しないというクレームが外国人から入り、運動
は下火になったという。

津駅を降りると、タクシーの向こうに日本共産党の街宣カーがあった。
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津駅を後にし、今回の目的地「大門商店街」を目指すことにした。
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共産党の街宣カーあるところに、警察のバスが有り。
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向こうの方に警察バスが見える。

右翼からの攻撃がないように警護しなければならない。
警察の皆さんお疲れ様です。

目的の大門商店街は、津駅から徒歩25分と、かなり離れた場所にある。
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雨の中ひたすら大門を目指す。
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川を渡る。川には雨対策として土嚢が積まれていた。
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途中、「朝日屋」という松阪牛の肉屋があったのだが、周りの寂れた
雰囲気とは違い、かなり客が繁盛していた。
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地元民の会話を聞いてみると、年末などは大行列ができる名店らしい。

五重塔のようなものが見えてきた。
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この寺は津観音といって、東京の浅草観音や名古屋の大須観音と並んで、
日本三大観音の一つなのだが、寂れようが半端ない。
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目的の大門商店街。
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狭き門の飲食店街に勇気を振り絞って入ってみる。
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昭和臭がプンプンする飲み屋街のようである。
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うちの父親なんかも最寄り駅のスナックによく行っていたが、まさにこんな
感じの雰囲気であった。
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RCという看板の下に「桂米朝」「桂枝雀」とわけのわからん落書きがあった。
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まだ昼間なので、どこも開いていなかった。
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フィリピンと日本の国旗が見える。フィリピンパブだろう。
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歌声サロン。まりりん。杉田かおるのようなポスター。
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歌声サロンて、昭和30年代か。

「まりりんだってアイドル」。なんだそりゃ。自主制作レコードか何かなのだろう。
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お買い物飲食は大門商店街と書いているがどこも開いていなかった。
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大門スチームセンター。
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その昔、伊勢街道沿いにあるこの一帯は結構栄えており、1936年(昭和11年)に
大門百貨店として建てられた鉄筋コンクリート4階建てのビルである。

その後、1955年(昭和30年)に松菱百貨店、1963年(昭和38年)にパチンコ店
となり、1階がパチンコ屋、二階より上が大門スチームセンターとなった。

スチームセンターというのは昭和30年代の呼び名で、今で言うサウナなのだろう。

その後、スチームセンターは潰れパチンコ屋だけは存続していたが、
それも2005年には廃業したという。

大門商店街の隣には、「だいたてアーケード街」という商店街があるが、
こちらもシャッター通りの寂れよう。

この商店街には老舗和菓子店「とらや本店」とか名古屋めしで有名な「天むす」
もこの大門が発祥だとか。

そんな中、「江戸時代のカステヒラ」という気になる文字が目に入った。
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江戸時代の文献をもとに、白砂糖を使わずサトウキビの汁で作ったカステヒラは
通販でも結構有名なようである。

私もお土産に買って帰ったが、甘さ控えめでなかなか美味しかった。


大門地区を散歩した後は、寒くて雨も降っていたのでバスで帰ってきた。

すると、津駅周辺には黒山の人だかりができていた。

何かと思い見ると、さきほどの共産党の街宣カーで共産党員たちが演説を
していた。
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松阪でも感じたが、ここ津も日本三大観音があり、戦前から栄えた
大門地区などもあったが、平成も30年となり完全に寂れた街に
なってしまった。

そんな寂れた街だからこそ、弱者の味方を装う共産党は人気が出る
のかもしれない。

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[ 2018年01月19日 04:17 ] 三重県 | TB(-) | CM(0)

三井家発祥の地

三井グループといったら、三井不動産や三井造船といった三井を冠する
企業や、三井住友フィナンシャルグループ、王子製紙、サッポロビール、
東芝とか東レ、はたまたトヨタ自動車なども関係する一大財閥である。

そんな三井家は、戦前には日本最大の財閥として君臨したが、戦後の財
閥解体後、三菱グループ、住友グループに比べ再結成が出遅れたりして、
三番手のようなイメージがあるが、日本が誇る企業グループにはかわり
はない。

そんな三井家は、江戸時代の松阪商人にルーツがあるという。

近鉄の松阪駅で降りる。
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三重県の駅というのは、近鉄とJRが並走しているため主要駅の構内が
やたらと広い。
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松阪駅。
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街を歩くと「ベルタウン」という商店が見える。
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先の松坂城の記事でも書いたが、松阪には本居宣長という古事記伝を
編纂した医師兼国学者がおり、その宣長が鈴をこよなく愛したことに
由来しているという。

その三井発祥の地に向かう。
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でも、このベルタウンというのが松阪の駅前商店街で存在感を放っており
やはりきになるのでちょっと覗いてみることにした。
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昼も10時を過ぎているのにエスカレータさえ稼働していない。
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商店街の裏に回るとまた商店街があったが、ご覧の通りシャッター通り
だった。
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三井家発祥の地に差し掛かる。
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松阪商人の館という博物館に入る。有料である。
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館の中
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この館は、江戸で紙や木綿を手びろく商いしていた豪商、小津清左衛門の
邸宅である。


中は2階建てになっており、松阪商人にまつわる展示物が展示されていたが
写真撮影禁止なので、お見せできない。

写真撮影可能なところには長者番付が置いていた。
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序列の上の方にオレンジのマーカで書かれているのが小津家。

下にあるのが三井家である。

次に小津家から100mほど離れた場所にある三井家の遺構に移動。
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何か書かれている。
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三井家はの祖である三井高俊が武士を廃業して、松阪に質屋兼酒屋で、
屋号「越後屋」という店を開く。

その後、高俊の四男高利が江戸で呉服屋の越後屋を開く。

この呉服屋は後の三越になる。

また、同じく両替商も開業する。

当時は江戸では金と銅が流通し、大坂では銀が流通しており、これらの
両替のレートは変動していたので、両替商というものが必要だったので
ある。

この両替商は、時代を経て三井住友銀行となる。

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そんな、三井家発祥の地、松阪商人の町も、今は寂れた商店街が
駅前にある寂しい街になってしまった。




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[ 2018年01月17日 04:29 ] 三重県 | TB(-) | CM(0)

日本100名城訪問記 その53(松坂城 2018/01/08)

日本100名城、53番目の訪問は松阪城である。

2018年に入って初めての100名城めぐりであり、5ヶ月ぶりの100名城で
ある。

現在の地名は「松阪」となっているが、過去は「松坂」だったらしい。

どこかで聞いたことがあるようなと思う人もいると思う。

そう「大阪」と同じなのである。

大阪も、元々「大坂」だったのが「大阪」に変わったのだが、松坂も、
大坂が大阪に変わるのに伴い、松阪と字が変わったのである。

さて、その松坂城の最寄り駅は近鉄の松阪駅となる。
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駅前にはタクシーが沢山横付けされており、割りと栄えた感じだった。
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鈴のオブジェがでんと飾っている。何か鈴と関係のある土地なのだろうか。
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商店街の名前も「ベル」と鈴に関係している。
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駅から松坂城までは10分程度歩く。
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松坂城址に到着。
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わりと石垣がそのまま現存している。
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松坂城は秀吉の配下の文武両道の将である蒲生氏郷が築城した城であるが、
1644年に台風により天守が倒壊したあとは天守台のみが残り、二の丸に
紀州藩の陣屋(役所のこと)が建てられ、そのまま明治維新を迎えたという。

明治の廃藩置県による廃城後、失火してしまい二の丸御殿も消失したという。

城の中に歴史民俗博物館があるが、後回しにして本丸跡に向かった。
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石垣を登る。
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本丸跡。
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こちらは天守閣があった場所。
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歴史民俗博物館に入る。100円取られる。
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久しぶりのスタンプゲット。
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歴史民俗博物館には、江戸時代綿織物の一大産地として繁盛した松坂の
織り機などが展示されていた。
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次に、本居宣長記念館というところにも行った。
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先程のところとは別料金で400円取られる。

本居宣長という名前は日本史でも習うので覚えていたが、何をした人なのか
全く覚えていなかった。

日本最古の歴史書「古事記」を35年かけて「古事記伝」という44巻の書にまと
め上げた人物であるという。
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また、本居宣長の家は鈴屋と呼ばれ、別の場所にあったが、現在は松坂城に
展示されている。
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本居宣長は鈴をこよなく愛し、勉学で疲れきったときにその音色を聞いて、
再び学問に励んだと言われている。
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それで、駅のあちこちに鈴の由来の店とかオブジェとかがあったのかと
思いながら、城から出る旅好きおやじであった。

松坂城
別名松阪城
城郭構造連郭式平山城
天守構造連結式3重5階
築城主蒲生氏郷
築城年1588年(天正16年)
主な改修者古田重勝
主な城主蒲生氏郷、服部一忠、古田重勝
廃城年1871年(明治4年)
遺構天守台、本丸、二の丸、石垣等多数残る
指定文化財
国指定の史跡
再建造物石垣修復
位置三重県松阪市(北緯34度34分33.2秒 東経136度31分32.6秒)
交通手段JR紀勢本線、近鉄山田線「松坂駅」から徒歩15分
スタンプ松阪市立歴史民俗資料館、本居宣長記念館



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[ 2018年01月14日 03:48 ] 三重県 | TB(-) | CM(0)

伊丹空港のはずれにある焼肉屋

6日~8日の3連休は久しぶりに大阪に帰省した。

3日あったので、その中日に大阪のどこかのDEEPスポットに行こうということで、
伊丹空港、正式名大阪国際空港の近くにある中村地区に行くことにしたのである。

大阪国際空港の前身は、戦前にできた大阪第二飛行場であり、戦中は軍用飛行
場の摂津飛行場となり、大戦後期の本土空襲時は、京阪神大都市圏の防空に
活躍したという。

この飛行場に、朝鮮半島から仕事を求め出稼ぎに労働者たちがやってきて、
その人たちの飯場として、飛行場の脇の中村地区に住んでいたらしい。

戦後何十年と、在日朝鮮人となり中村地区に住んでいたらしいが、生活インフラ
が整備されていない劣悪なスラム環境で長年暮らしたという。

そういう状況だったので、人道的な理由から、2008年には現在は近隣にある
桑津地区に団地を建て中村地区の人達は移ったらしい。


通常、大阪国際空港に行く場合は、リムジンバスやモノレールを使って行くが、
今回は空港そのものに行くわけではないので、伊丹駅で降りた。
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この駅からも、空港行きの路線バスは通っているようである。
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バスではなく、徒歩で目的地に向かうことにした。


最初に見たマンションには、なぜか、韓国風焼き肉屋でよく見かける石の像が
置いてあった。
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このあたりはイオンの超大型店はあったが、コンビニのような気の利いた店はなく
川崎市川崎区の湾岸部のような寂れた雰囲気だった。
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途中、猪名川という川を渡る。
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桑津地区に到着。堤防には蔦が絡まっており手入れされているのかされていないのか
よくわからない。
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あまり見慣れない飛び出し坊やがあった。
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幼稚園か何かかと思ったが、表札はハングルで書かれていた。

調べてみると朝鮮初級学校のようである。


桑津団地。先程述べた中村地区の人達が住んでいる団地。
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ドライブスルーで洋服を買い取ってくれるというエコな所。
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私もスーツなど古着が家にいっぱいあり捨てられなくて困っているので、
近くにあったら利用したいものである。

何か碑がある。
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わけのわからん俳句が書かれていた。「古今六韜」よりと書かれていた。

六韜というと古代中国の有名な兵法書で、三国志などでも度々登場するが、
「古今六韜」などというものは、中国にも日本にも存在しない。

謎な碑である。


こちらは中村地区整備事業完成記念碑。
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中村地区のスラムが整理され、桑津地区にみんなが移った際、ここに中村地区が
あったということを記す碑を立てたと言われている。

では、中村地区の方面に足を進めたい。
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道路の左側が、バラックがあった場所である。
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駐車場と小屋とバラックの焼肉屋があり、何か札があった。
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焼肉マダンという店の駐車場である。
空港見物で駐車したら15,000円も取られるというが、隣の小屋の住人でもいる
のだろうか。

向こうに簡易トイレと、焼肉屋マダンが見える。
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これが焼肉屋マダン。
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火曜日が定休日で、17時からオープンのようである。
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今回は朝に来ためしまっていたが、夏にでもここに来て飛行機を見ながら
中村地区の住人達に思いをはせ、焼肉を食べるのは中々乙なものかもしれない。
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[ 2018年01月13日 04:13 ] 兵庫県 | TB(-) | CM(0)

2年ぶりの千葉駅周辺

毎年、大晦日と元旦は嫁の千葉の実家で暮らすことにしているので、去年
の大晦日も千葉駅をぶらつくことにした。

1年前は仕事で千葉駅に行けなかったので、2年ぶりの千葉駅となった。
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2年前は工事中で薄暗い感じだったが、リニューアルしてパッと明るく
なった。

私も6年前まで千葉に住んでいたので、千葉駅は買い物とかでしょっちゅう
利用していたのだが、約100万都市にしては垢抜けた場所は、千葉そごう
ぐらいしかなかった。
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リニューアル後、駅ビルのペリエもきれいになっており、レストランなんか
もおしゃれになっていて、大きな本屋などもあり、千葉県民も千葉に出れば
大体の用事は済ませられるようになったのではないだろうか。


駅構内もはかなり垢抜けた感じに変わっていて、首都圏の駅に恥じない
雰囲気になっていた。
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不必要にもう一枚ぐらい写真をとる。
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それだけ、大きく変わった駅の雰囲気に感慨深いものがあったのである。

もうここまで来ると、東京のどっかの大型の駅と変わらない。
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駅から東口広場へ行くところは、ちょっと昔の面影が見えている。
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確認しなくても土地勘はあるが、千葉東口広場案内図を確認する。
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ふくろう交番から、戦後のどさくさ飲み屋があった場所へ。
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戦後のどさくさ飲み屋が並んでいたところもフラワーショップに変わっていた。
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ただ、どさくさ飲み屋も完全に駆逐されたわけではないようである。

飲み屋の上に「千葉名所K&S」というわけのわからない看板がある。
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このKとSというのは、韓国系の人たちが立ち上げ、そのイニシャルをとった
とのことらしい。

キムさんとシンさんだろうか。


ただ、このK&Sも写真のように整理されているような店も多く、そのうち
駆逐されていくのだろう。
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栄町方面に向かう。
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栄町方面が見えてきた。
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ソープ街の入り口に「角海老」がある。
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ソープ街と隣接しており、「サラン」という韓国系の居酒屋と風俗案内書が
多くなってくる。
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ハナ信金もあった。
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ハナ信金は金利の高いので有名であるが、北朝鮮系ということである。

昨今のミサイル打ち上げに伴う、国連の制裁の影響は無いのだろうか…


看板の「亀、頭突く!」という看板に失笑しながら、いかがわしいエリアを歩く。
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韓国系の店。横浜の福富町と変わらない佇まい。
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ソウル駅とか、明らかに韓国系の建物。
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ハングルとカタカナが組み合わされたわけのわからないスーパーも潰れ
ていた。
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比較的新しいチヂミ屋。
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千葉駅から栄町へはほんの10分ぐらいの場所にある。

栄町は私が千葉に赴任した16年ぐらい前は、まだ健在の店も多く、かなり
独特な雰囲気のある街だったが、こちらも当時と変わっていた。

恐らく、戦後のドサクサでここらへんに定住した、在日韓国人たちも高齢化
し、その二世や三世も独立してしまい、徐々に韓国人街の雰囲気が薄れて
きたようである。
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[ 2018年01月04日 04:40 ] 千葉県 | TB(-) | CM(0)

日本スクイーズセンター

8月に原宿にある「日本スクイーズセンター」にスクイーズを買いに行ったが、
予約制ということで、中に入ることができなかった。

その時、長女は非常に悔しがっていたので、あらためてネットで予約して
行くことにした。

3ヶ月ぶりの原宿に到着。
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ポストはドキュソステッカーが貼られまくっていた。
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日本スクイーズセンターに到着。
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時間帯制になっており、外まで続く行列も作ることができないという。
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以前、この日本スクイーズセンターに入るためにメチャクチャ長い行列
ができ、近所とかからも苦情が来たのだろう。

開始時間帯の10分前に店内に案内された。
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ただ、チェーンで仕切られており、時間になるまでは触ることができない。
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最近売り出された石鹸のスクイーズ。おっさんの感覚から言うと普通の石鹸で
遊べばええやんという感覚である。
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作りは、ホンモノに近いもの、デフォルメされたものなど様々だった。
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開始時間帯になり、皆さん一斉に買い物が始まる。
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次女が、あれもあれもと買い物かごにスクイーズを入れ始める。
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次女に気づかれないように、スクイーズを元の場所に戻すのだが、
どこに戻せばいいのか一苦労である。



スクイーズというのは最近になり女子小中学生に流行りだしたが、
2000年代初頭はこのようなエビフライとかコロッケのような食品
サンプルのようなものだったらしい。
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子供の世界では何が流行るのかよくわからないというのが私の感想である。
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戦利品1
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戦利品2
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肉といなり寿司は私用。


戦利品3(これは日本スクイーズセンターではなく、しろたんの店で購入)
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5000円前後で考えていたが、8000円近く使ってしまった。

いい商売である。

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[ 2017年11月28日 04:54 ] 東京都 | TB(-) | CM(0)

意外に混んでいた11/3のディズニーランド

11/3にディズニーランドに行ってきた。

ここ1年は、ディズニーシーに2回行ったので、ディズニーランドは1年8ヶ月
ぶりだった。


11/3というと、ハロウィンとクリスマスの端境期なので、例年すいている日
印象があったのだが、この日は予想に反して、かなり混雑していた。
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10月は関東地方では週末に台風が2週連続で近づき、それ以外にも雨が
多かったのがその原因なのだろう。

開園時間になり、入場ゲートでピッとやるとエラーになった。

我々が持っている券は、10/21の日付指定のものだったためのようだ。
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たしか、昔は日付指定券を持っていても、そのまま入れたような…

せっかく並んだのに、チケットブースでチケットを交換させられ、さらに
振替のために1枚200円とられる始末である。

我々が悪いわけだが、そういったものを吸収してのホスピタリティのはず
である。

ディズニーのようにホスピタリティを売り物にしている企業のわりにがっか
りさせられた。

気を取り直して入場する。
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1年8カ月ぶりといえ、やはり何度も来ていると特に感動はない。
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ディズニーランドの新規エリア改装のため、こういった仕切りとか、
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イッツアスモールワールドもこんな感じで長期改装工事になっていた。
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このポスターを見ていると、結構キャラクター色が強くなるようである。
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アトラクションはどこも混んでいるので、白雪姫のアトラクションにでも
乗った。
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意外と、フィルハーマジックはすいていた。
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アリスのティーパーティーとか、行列の少ないものを中心に楽しんだ。
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長女がティーカップを回しまくったおかげで、寝不足だった私の平衡感覚
は狂いまくり、気分が悪くなった。

最近できたレストランというか、食堂で昼食。
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ドナルドとデイジーのグリーティングみたいなものもあるようである。
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長女はジェットコースター系に行きたいというので、嫁と長女、私と次女
と別れて、楽しむことにした。

園内を散策した。


アトラクションとかパレード中心だった楽しみ方が今までだったので、
こういったキャストのショーはなかなか新鮮味があった。
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2時間ぐらい後、嫁や長女と合流し、モンスターズインクのアトラクション
へ。


モンスターズインクの映画を最近見たが、わりと原作に忠実に再現され
ていることを再発見した。
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こちらはモンスターズインクの受付。セリア嬢が受付していた場所。
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アトラクションを楽しんでいると、途中で何度か止まるハプニング
があった。

「ドジなモンスターが線路に飛び出してきたので停止します」

というアナウンスがあった。

停止してくれたおかげで写真がとれた。
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さらにしばらくして、また停止した。
「ドジなモンスターが線路に飛び出してきたので停止します」

というアナウンスがあった。

停止してくれたおかげでまたまた写真がとれた。
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最後にパレードを見てディズニーを後にした。
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入園時に並び直させられ更に金を取られたり、予想外に混んでいたり、
寝不足と回るティーカップで気分が悪くなったり、モンスターズインクの
アトラクションで途中で何回か中断したりで、今回のディズニーは、私に
とってハズレだった。

帰り、寝不足のため、若干判断力が低下していたので、嫁に運転して
もらい、家路につくのであった。


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[ 2017年11月05日 04:18 ] テーマパーク | TB(-) | CM(0)
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プロフィール

旅好きおやじの日記

Author:旅好きおやじの日記
職業はIT関係です。
趣味は海外旅行(22カ国制覇)、読書、資格取得です。
取得した資格は以下のとおりで、半分趣味のようになってます。

・情報処理
 ・ITストラテジスト
 ・システム監査
 ・プロジェクトマネージャ
 ・アプリケーションエンジニア
 ・テクニカルエンジニア(システム管理)
 ・テクニカルエンジニア(データベース)
 ・ネットワークスペシャリスト
 ・エンベデッドシステムスペシャリスト
 ・情報セキュリティアドミニストレータ
 ・情報処理一種
 ・情報処理2種
 ・情報セキュリティマネジメント
 ・ITパスポート
 ・情報処理安全確保支援士試験合格
・元PMP
・ITIL V3 Foundation
・Oracle Master Gold
・日商簿記1級
・建設業経理士1級
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