日本100名城訪問記 その22(千早城 2016/12/11)

日本100名城、22番目の訪問は千早城である。

この城は戦国時代とか江戸時代の城ではなく、鎌倉時代から南北朝時代
にあった楠木正成の城である。

少数の手勢で、鎌倉幕府軍を追いやった難攻不落の山城である。

落ちない城、難攻不落の城として色々比喩され、1972年におきた浅間山荘
事件の浅間山荘も「昭和の千早城」と形容されたりしたが、楠木正成公と
脛かじり左翼とを一緒にするなと言いたいところである。

また、千早城は大阪府下で唯一の村である千早赤阪村にあり、大阪の
小学生であれば、社会科でそのことを習うだろう。

南海高野線の河内長野駅に到着。
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子供の頃は何度かきたことがあるが、恐らく30年以上ぶりに降りた駅である。
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3番乗り場でバスを待つ。
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金剛ロープウェイ行きのバスに乗る。金剛山とか私にとって懐かしい響きである。
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バスで約30分で金剛登山口バス停に到着。
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千早城行きの登山道はバス停から歩いて100mぐらいのところ。
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0.3kmで30分ってどんだけ老人の足なのよと思いながら看板を見ていた。
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千早城攻めに挑戦。
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石畳が固く、足の裏に反作用の力がもろにかかり結構つらい。
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ハアハア。確かに300m歩くのも30分かかるかもしれない。
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中腹で一休み。
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これはキツイ。
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楠正成の石碑。
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ようやく千早城跡についた。確かにこの城を攻めるのは難しいと体感した。
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店も閉まっていた。
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楠神社には更に階段を登る。
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千早城址と、幕府軍を欺いた藁人形。
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神社の鳥居。
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千早神社に関する説明。
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特に賽銭せずにこの場を去った。
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ここから先に金剛山があるのだが、体重の重い旅好きおやじは、とても
登れるとは思えなかった。

登山口麓に戻る。
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まつまさというお土産屋でスタンプを押せる。
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スタンプゲット。
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山城は平城と違い、1日で1城ぐらいしか周れないわけで、これから残りの
城のスタンプを押すのは、何年語になることやらである。


千早城データ
別名楠木詰城、金剛山城、千早の詰め城、千早のかくれ城
城郭構造郭式山城
天守構造なし
築城主楠木正成
築城年元弘2年/正慶元年(1332年)
主な改修者不明
主な城主楠木氏
廃城年明徳3年(1392年)
遺構曲輪、空堀
指定文化財国の史跡
再建造物
位置大阪府千早赤阪村(北緯34度25分2.01秒 東経135度39分4.31秒)
交通手段南海高野線河内長野駅-金剛ロープウェイ行き30分 金剛登山口バス停下車20分
スタンプまつまさ


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[ 2016年12月24日 04:34 ] 大阪府 | TB(-) | CM(0)

辻元先生の地元、高槻とタチソ訪問失敗記

約2年に渡るプロジェクトで、1~2ヶ月に1度は関西に出張があり、その都度
友人のブレイク氏と関西地方をぶらついた。

・神戸の高架下の商店街
・尼崎の杭瀬
・京都大学吉田寮
・鶴橋の商店街や生野コリアタウン
・京都の佛教大学裏の集落
・舞洲のスラッジセンターでの社会見学
・大正のリトルオキナワ
・能勢温泉
・川西の外八理容
・奈良の天理や奈良健康ランド
・和歌山毒カレー事件現場周辺
・天下茶屋周辺
・堺の舳松と芦原橋の人権博物館
・弁天埠頭

など、それぞれいい思い出である。

この出張もこの12月で終わりということで、最後を飾るにふさわしいところで
締めようと、高槻を散策することにした。

高槻駅に到着。
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商店街を歩く。
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高槻というと、転勤族が多く済む地域、ハイソな高級住宅街など、いろんな
イメージがあり、旅好きおやじの母の兄が住んでいたところで、その親戚は
金持ちだったので、金持ちの住むところという幼少の頃のイメージがあった。

最近では、中1の男女がロリコンの糞野郎に殺害されたという痛ましい事件
も起きた場所として、全国でも有名になった場所でもある。

そして、高槻といえば、我らが辻元先生の地元でもあり、我々大阪の誇りである。
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辻元先生、維新の会などぶっ倒しがんばってください。
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商店街を歩いて思ったが、わりと庶民的な街のようで、
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駐輪禁止の場所に大量に自転車を停めているというのも、大阪クオリティ。
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ちょっと、辻元先生の大阪の事務所の近くを見に行くことにした。
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寺本レジデンス。ここの2階が辻元先生の事務所だが、それらしい看板などは
なにもなかった。
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腹が減ったので最寄りのラーメン屋で昼食をとることにした。
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辻元先生のサインが飾ってあった。
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腹ごしらえも終わったので、「タチソ」に向かうことにした。
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バスで砕石所に移動する。
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記事のタイトルを見て「タチソ」って何と思った人がほとんどだと思うが、
「タチソ」とは、高槻地下倉庫の略である。

ここでは、戦時中に何十万人もの罪もない朝鮮の人たちが強制連行させられ、
38年に渡り日帝の悪党どもにこき使われた場所である。

タチソの最寄りとされる採石場前のバス停に到着。
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歩いて砕石所に向かう。
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残念ながら、ここは私有地であり中を見物することはできなかった。
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人っ子一人いない。
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人が歩くことのない道を、車に怯えながら変える旅好きおやじ一行であった。
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※この記事の内容にフィクションが含まれます。実在の人物・団体とは一切関係ありません



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[ 2016年12月22日 04:00 ] 大阪府 | TB(-) | CM(0)

日本100名城訪問記 その6(大坂城 2016/10/22)

日本100名城、6番目の訪問は大坂城である。

今の大阪府のあたりを、昔は大坂(おおざか)と呼ばれていたので誤字では
ない。

私は大阪出身で、城といえば大阪城というぐらい馴染みがあったので、他の
城を見るとちゃちだなーと思っていたのだが、城に関して色々と知っていくと、
大阪城など昭和に入って再建された建物であり、江戸時代初期から現存し
ている姫路城や彦根城などのほうがずーっと価値があることがわかった。

それでも、大阪城というと大阪のシンボルである。

いわずと知れた、大阪人の誇り太閤豊臣秀吉さんの建てたお城である。


そんな大阪城は、大阪城公園駅が最寄りで、大阪駅から大阪環状線で
1本で行ける。

結婚前に嫁を連れて行って10年ぶりに行く。
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私の子供のころは、小学校2年の遠足と、田舎から親戚が来たときに来たぐ
らいなので、思ったほどは大阪城の近くまではいっていない。
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大阪城公園駅1983年にできた比較的新しい駅で、私が子供のころは森ノ宮駅で
降りた記憶がある。
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駅を降りてそのまま直進する。
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大阪城ホール。
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この日は浜田省吾のコンサートのようだった。
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天守閣が見えてきた。
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大阪城は、日本の城としてわかりやすいので外国人観光客も多い。
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天守閣が近づいてきた。
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門をくぐる。
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ようやく天守閣のふもとに到着。駅から15分ぐらいかかった。
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チケットを購入するために並ぶ。
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天守閣にあがるために600円かかる。スタンプも天守閣にあるのでお金を払わないと
スタンプを押せないということになる。
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大砲。
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天守閣の上階に行くためにエレベータを選ぶか徒歩を選ぶか言われたが、
エレベータにすごい並んでいるので、歩いていくことにした。
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やはり8階まで歩くのはキツイ。
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大阪城8階からの風景。
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展望台を一周し、降りることにした。
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各階に展示物があったが4階5階以外の展示物は撮影可能だった。
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1階まで降りて、受付の人に100名城のスタンプについて聞くとしまっている
ところから出してくれ、スタンプゲットができた。
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大坂城データ(Wikipediaより)
別名      錦城、金城
 城郭構造   輪郭式平城または平山城
 天守構造   複合式もしくは連結式望楼型5重6階地下2階(豊臣期・1585年築)
          独立式層塔型5重5階地下1階(徳川期・1626年再)
          いずれも非現存
          独立式望楼型5重8階(1931年SRC造復興)
 築城主     豊臣秀吉
 築城年     1583年(天正11年)
 主な改修者  徳川秀忠
 主な城主    豊臣氏、奥平氏、徳川氏
 廃城年     1868年(明治元年)
 遺構       櫓、門、石垣、堀
 指定文化財  国の重要文化財(櫓・門など)
          登録有形文化財(再建天守)
          特別史跡
 再建造物   天守
 位置      大阪府大阪市(北緯34度41分14.56秒 東経135度31分33.04秒)
 交通手段   JR大阪環状線「大阪城公園駅」から徒歩15分


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[ 2016年10月28日 04:54 ] 大阪府 | TB(-) | CM(0)

弁天ふ頭

先月、仕事で3日間大阪に帰っていた時に、仕事が早く片付いたため、夏休みを
とっていたブレイク氏に行きたい所があるといい、快諾してくれたので、その
行きたいところである弁天町に向かった。
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弁天町といえば、小学校低学年の頃に父親に連れられて交通科学館に行ったり、
父親の実家のある愛媛県に行くため、フェリー乗り場に行ったりと、よく利用
した駅であるが、小学校四年生のときに祖父がなくなり田舎に帰らなくなって
からは、ほとんど寄りつくことはなくなった。

そんな、弁天町といえば華やかなイメージがあったのだが、写真のように結構
寂れているのである。
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こういった寂れた風景だけではなく、梅田からの近さから周辺はタワマンが建設
されてたりして、それなりに土地の需要はあるようだ。

やはり、海の近くというと、このようにドキュソ落書きの被害はすごいものである。
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防衛庁広報板。
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防衛庁が、防衛省に昇格した2007年から9年が過ぎるが、こういう場末な場所の
掲示板まで修正する予算はないらしい。

冒頭に書いた行きたいところというのは、弁天埠頭のことである。
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よく見たね、車こないね、渡れるね。右側にうっすら見えているのは、
警視庁のピーポー君。大阪出張、ご苦労さまです。
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意味深な吸殻入れ。
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あじがわじどうとくゆうえんのタイヤも意味深。
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弁天ふ頭は左に曲がるようである。
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オーク弁天商店街。商店街と言いつつほとんど商店はなかった。
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旅館つた家。
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その昔は、船の男たちが宿泊したと想像されるホテルであるが、今の客層としては
大型バスやトラック用駐車場が完備した、ドライバー向けの仮眠・宿泊施設となって
いるようである。

弁天埠頭ターミナル到着。
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加藤汽船と関西汽船のフェリーターミナルだったところで、加藤汽船はまだ
あるのだが、関西汽船は2009年に商船三井の100%子会社となり、現在は
大分にあるフェリーさんふらわあという会社となるという歴史をたどった。

私が小学校低学年だった、36~7年前は長距離の移動は列車か船かだっ
たのだが、空路が発達し、四国とは明石大橋と道路でつながったため、
徐々に船の役目も終えたわけである。


バス停も一応あるようである。
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関西汽船の建物の中は、現在はアートスタジオになっているようである。
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古い看板を発見。
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看板にはこう書かれていた


        大阪

大阪はその昔”難波津”とも呼ばれ古くから
繁栄した庶民の町であり また産業都市として
東京都並び 文字通り日本の心臓部を占めている
面積約203km2 人口約304万(昼間人口430万)
最新式の設備と生産方式を持つ各種の工場が
点在する。林立する高層ビル 縦横に走る高
速道路網 地下鉄網は新しい大阪を象徴し
庶民的な柔らかいムードも たくましい
生活力あふれる都市である。

      OSAKA


なんとなく、高度経済成長期のNHKのアナウンサーのナレーションが聞こえてきそうである。

ほとんど錆びていて何が書いているかよくわからないが、大阪の路線図もあった。
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地下鉄の路線や駅の数が少なく、新幹線が新大阪駅で終点になっているのが
興味深い。

北の方を見ていると、「万国博中央口」とか「万国博西口」という駅があり、1970年の万博の
頃に作られた看板のようであることがわかる。
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「世界の国からこんにちは」の三波春夫の歌が脳内を流れた。

私が生まれる前からこの看板があり、幾多の風雨を乗り越え、まだこの地に
看板が残っている。

小学校の遠足に体操服と私服を間違え、泣きながら家に戻り母親に自転車
で学校に送られた日も、中学の時好きな子に胸をときめかしていた時も、
大学受験を頑張った日々も、就職後20年以上あるいろんな出来事があった
ときも、結婚し子どもが生まれた日も、この看板は静かにここにあったのである。

そう考えると、私の人生などは儚いなと思えた。

この世捨て人も、46年前は夢も希望もあったのだろうかと想像する。
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この先は港湾局により立ち入り禁止。
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フェリー乗り場。小学校低学年の時に私も歩いたであろう道。
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ノスタルジックな気分になり、弁天町に向かう旅好きおやじ一行であった。
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「世界の国からこんにちは」三波春夫


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[ 2016年09月04日 04:33 ] 大阪府 | TB(-) | CM(0)

舳松人権歴史館

去年、大阪の芦原橋駅にある大阪人権博物館に訪問したことをブログに書いたが、
旅好き取材班のお膝元である堺市にも、同じような博物館があるというので、
行ってみることにした。

堺市屈指の繁華街、堺東駅に到着。
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高架下の商店とか、昔からあまり変わっていない様子。靴の修理屋などもあった。
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2番乗り場で、4番系統のバスを待つ。
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バスに乗り込む。
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大仙西町団地前で降りる。

静かな住宅街といった感じである。
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堺市立人権ふれあいセンターに到着
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日本の旗と、私にとっては懐かしい堺市の市旗が翻っている。
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舳松人権歴史館の中に入ってみる。地元の子供が遊んでおりコミュニティに
なっているようだ。
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実物大のジオラマが展示されていた。被差別部落の暮らしを再現したもの。
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被差別部落の人たちは下駄直しと屠畜業を主な仕事としていたようである。
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人が1人歩けるかどうかの狭い路地。「はんらく」と言って傘を半分しか開けないという。
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「おい、こら、そんなところでボーっとしてんと、家の手伝いせー」という
声が聞こえてきそうである。
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また、将棋の名人阪田三吉もこの辺りの被差別部落出身とのことである。
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被差別部落のミニチュア。
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水平社の宣言。学校で習ったっけ。
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狭い部屋で家族4人が暮らし、働く女とぐうたらな男の図。
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まあ、昭和30年代なら、被差別部落ではなくとも、こんな生活だったのだろう。

ここに来て、35年目の真実が明らかになった。
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我々の住んでいた堺市では、国語の教科書とは別に、道徳の時間用に
「にんげん」というタイトルの教科書を配られたが、国語の教科書と違い、
みっちりとやるのではなく、配られてちょっと読んだ程度だった。

その「にんげん」という本は、実は部落解放教育のため大阪府下の小中学校に
無償配布された本だったというのである。

当時、部落教育は部落教育で体育館に集められ映画などを見せられたりしたが、
この「にんげん」という本と部落教育が結びついているとは全く教えられなかった。

併設する図書館に「にんげん」を置いていないか調べてみたが、置いて
なかった。

おとなになった今、もういちど「にんげん」の本を読もうと思うのだが、
横浜市立図書館には置いてないようなので、時間があったら国会図書館に
足を運んでみたいと思う。

「にんげん」の教科書
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関連記事

旅好きおやじの日記 大阪人権博物館(2015/3/17)
http://yama2190.blog.fc2.com/blog-entry-1567.html

ブレイクの明日晴れるかな 道徳の教科書(2012/1/31)
http://357494260469masa.blog.fc2.com/blog-entry-90.html

Wikipedia 「にんげん」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%AB%E3%82%93%E3%81%92%E3%82%93


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[ 2016年08月07日 04:59 ] 大阪府 | TB(-) | CM(0)

浜寺公園プール

7月の末に大阪に帰ったので、夏の暑さが厳しいということもあり、海かプール
に行くことにしていた。

最初は和歌山の加太とか、神戸の須磨海岸とかを考えていたが、時間の関係上、
もうプールにしよかということで、浜寺公園プールに行くことにした。

天王寺駅でブレイク氏と待ち合わせる。
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いわゆるチンチン電車。
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九州や広島などの地方都市ではあちこちで乗っているが、大阪で乗るのは
恐らく20年以上ぶりである。

浜寺公園まで直通のチンチン電車に乗る。
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堺の浜寺まで、電車よりも格安の料金で行くことができる。
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高校ぐらいの時に、よく自転車でこのチンチン電車の路線の近くを自転車で
通ったが、電車からはこういうふうに見えていたのかとちょっと新鮮な気分
になった。

浜寺公園駅到着。
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太平洋高気圧が勢力を伸ばしていて朝から非常に暑い。
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プールの方向へ向かう。
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料金は大人930円。
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浜寺水練学校のポスター。
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旅好きおやじは、子供の頃この街の隣の隣の街ぐらいに住んでおり、よく、
夏休みになると浜寺水練学校のことが聞こえてきた。

小学校の頃は、この水練学校が水泳ばっかりやる高校と勘違いしていた。

プールに入る。
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旅好きおやじが子供の頃、両親と外出した記憶があまりないのだが、この浜寺
プールには、父親や母親と何度か来た記憶がある。

出不精の両親がわざわざ私のために連れて来てくれてありがたい限りである。

このプールの思い出というと、母親と一緒に来た時に、プールにうんこが浮いて
いて、いっしょに避難した思い出が強烈に印象に残っていたり、私が溺れている
ところ、父親が助けに来てくれたのだが、実は非常に浅い所で溺れていたとか
いうものである。

子供の頃の懐かしい思い出を思い出すことができ、プールから出る旅好きおやじであった。

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[ 2016年08月04日 04:58 ] 大阪府 | TB(-) | CM(0)

能勢温泉への小旅行

私は大学まで大阪に住んでいたのだが、生まれてから大阪市→狭山町→
堺市→大阪市といった感じで移り住んでおり、大阪府の中でも、わりと
真ん中ぐらいの市町村に住んでいたので、あまり大阪府北部に用事は
なかった。

わざわざ大阪の北部に行くことなど、親戚の高槻の家に行くときぐらいで
あった。

そんな大阪北部の中でも、さらに用事のない、もしかしたら、一生行くこと
もないような場所に、今回は足を踏み入れてみた。

大阪でも一番北にある、大阪のチベットと称される能勢という場所である。

阪急梅田駅。
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時計の下で~、会ったのは~、おしゃれでかわいい、女の子~♪と、
40代以上の関西人にしかわからないメロディーが脳内を流れた。

このあずき色の電車を見るとハイソ感を感じ、尻込みしてしまう。
高槻の親戚は私の実家と比べかなり金持ちで、そういった印象が潜在
意識の下にあるのだろう。

川西能勢口という駅で降りる。
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この駅から能勢電という電車に乗り換える。
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幼いころの旅好きおやじからすると、この辺はもうこの世の果てのような
ところである。

兵庫県川西市の山下駅に到着。
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今回訪れる能勢町には電車が通っていない。能勢にある温泉に行くには
能勢温泉で用意されている送迎バスに乗るのである。
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バスには数人しか乗っていなかった。温泉は繁盛しているのだろうか。
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約13kmの道のりを送迎バスに揺られてゆく。GPSアプリでロギングしてみた。
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本当に意識して来ないかぎり一生来ない場所である。

能勢温泉に到着。
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朝一番の便で来たということもあり、帰りの客が結構並んでいた。
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この能勢温泉のマスコットペッパー君
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タッチパネルで操作メニューがありカメラなどもとってくれるし、
簡単な挨拶であれば反応もしてくれる。

露天温泉でゆっくりしたあとは、リラックスコーナーで無料の
マッサージチェアで肩を揉んでもらう。
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朝11:30になりバイキングの場所に行った。

結構混んでおり、総入れ替え制だったので、次の12:45の回まで待たなけれ
ばならなかった。
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適当にだべったあと、バイキングコーナーにいった。
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ピザとかエビフライ以外にもぼたん鍋も楽しんだ。
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ステーキ券をもらい、1枚だけステーキをもらえる。
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たらふく食べたあとは、デザートでしめた。
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昼食後次のバスが来るまで、テレビを見ながら過ごし、バスの到着10分
ぐらい前に外に出た。
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バスで山下駅まで送ってもらった。
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関西の温泉地といえば、城崎温泉とか有馬温泉、白浜温泉など府外のも
温泉が多いが、大阪府内にもこういった隠れ家的な温泉があったという
のは今回新たな発見だった。

大阪市内からそれほど電車代もかからないので、温泉好きの方は一度
行ってみてはいかがだろうか。


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[ 2016年03月10日 04:21 ] 大阪府 | TB(-) | CM(2)

岸里から阿倍野までの散歩(天下茶屋界隈)

天下茶屋界隈を散策することにした。

天下茶屋という地名は、豊臣秀吉が住吉大社に参拝した後立ち寄った茶店
で飲んだ茶の味に感動し、その茶店に朱印を与えたというエピソードから、
天下人の茶屋で、天下茶屋になったという。


西天下茶屋駅付近に入る。
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南海汐見橋線。
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やはり、このような下町ではパチンコが最大の娯楽なのだろう。
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私も、昔パチンコをしたことがあるが、一度も勝てずに三店方式の交換所
で交換したこともなかった。

今考えて見れば、あの時、スッたおかげで、人生と金を浪費しなくてよかっ
たと思っている。

天下茶屋駅まで、ちらほらと、商店街が続く。
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余り見かけることのない一ツ目信号。
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大阪市立天下茶屋中学校。
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この中学校のこの校門での、亀田三兄弟の興毅とか、大毅とかが写った記念
写真が、ネットを探せば見つけることができる。

天下茶屋駅周辺。
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お、意味深な三色旗のマークのあるマッサージ店。
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天下茶屋駅前商店街に入る。
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ブレイク氏が見ると蕁麻疹が出る阪神の店。たしか尼崎の杭瀬にも同じような
店があったような。
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今度は天下茶屋商店会。似たような名前の商店街がそこかしこにある。
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ミッキーのクリーニングの雨よけの電話番号が7桁のまま。
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多分営業していない軽食 セブンも完全に終わっている。
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天友会という細い商店街。
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古物商。入り口の時計は、正確に時を刻んでいた。
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マナーを守らない飼い主が多いのだろうか。「町内会」の怒りの看板。
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ゴミの日以外のゴミ出しと糞尿に怒りをぶつける「町内会」。
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またまた町内会の看板。川崎の浜川崎の群電前で見かけたような。
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字体とかを見ると全部同じ人物が書いたのだろう。

ちなみに「尿糞」とか「ダンボール拾るな」とか言葉の誤用や誤字が目立つ。

拾うは小学校3年生で習うのに対し、捨てるは小学校6年で習うので、
書いた主は、小学校高学年以下の学力なのだろうか?

まあ、「糞」という中学校以上で習う漢字も知っているので、たまたま
間違っただけだと思っといてやろう。

最後に和牛の有名店一斗を撮影。
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帰りに、飛田新地を横切ってあべのに到着した。

西成といえばガラが悪く、近寄りたくないと敬遠する人も多いが、昭和を
感じさせるエロ自動販売機や、喫茶店、商店街など、懐かしい雰囲気に
浸れる場所でもあるので、大阪在住でお時間のある方は、一度散策して
みることをおすすめする。

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[ 2016年02月24日 04:34 ] 大阪府 | TB(-) | CM(0)

岸里から阿倍野までの散歩(2つの喫茶店)

無人販売機ペペを後にした我々は、このまま西成区の街を北上することにした。

南海汐見橋線の高架。かなり年季が入っている。
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1階から10階までテナント募集で入居者が入っていないビル。
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りくろーおじさんの店。
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大阪のなんばや梅田にも店舗を持つ、焼きたてチーズケーキが評判の
中堅の菓子メーカであるが、岸里にあるこの店が創業の店である。

さらに西に進む。
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私は見ていなかったが、その昔、ふたりっ子という茉奈佳奈が出ていた
NHKの朝の連ドラのロケ地になった高架下付近でもある。

大黒湯。営業しているのかどうかわからない。
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蒲公英(たんぽぽ)というルーマニア国旗を基調にした珍しい喫茶店が
あるので入ることにした。
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なぜ、ルーマニアの三色旗を掲げているのかよくわからないが、
恐る恐る入ってみることにした。

中はタバコもOKな、昭和な喫茶店であり、特に何らかの勧誘をされる
ようなことはなかった。

ちなみに、旅好きおやじの実家の周りにも何世帯かはこのルーマニア国旗
にゆかりのある人達だった。

いい人達だったし世話にもなったが、選挙の前になると○○党に入れてと、
親に電話がかかってきたのである。
子供のときにはよくわからなかったが、大人になってあの時のあれはそう
だったのかと思う。


珈琲を一服して、天下茶屋方面に向かう。
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「にしてん」という商店街に入った。
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入口付近はシャッター通りだったが、オバ服屋など、ちらほら営業している
店もあった。
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狭く蛇のように曲がった道。
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「と喫茶」。ネットで調べてみると「コーヒショップマル屋」というらしい。
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カレーライス250円、ハムトースト120円、コーヒ160円と
破格の安さである。
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今回は中に入れなかったが、次回来た時は中にはいってレポートしてみたい
と思った。
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[ 2016年02月23日 04:56 ] 大阪府 | TB(-) | CM(2)

岸里から阿倍野までの散歩(無人販売ペペ)

かねてより、岸里から阿倍野までの西成周辺のディープなところに行って
みたかったので、先日、大阪に行った時に、ブレイク氏を誘ってまとめて
行ってみることにした。

私が、高校の頃、南海高野線を使って堺市の高校に通っていたのだが、
岸里とかは完全に通過駅であり降りたこともなかった。

岸里玉出駅に到着。
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私が高校の頃は、岸里駅と玉出駅が別々の駅だったのだが、2つの駅が
400mしか離れていないこともあり、1993年に統合されたそうである。

どうりで、ホームが長いのである。
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駅を出ると、スーパー玉出のお膝元にもかかわらずマックスバリュがあった。
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やっているかやっていないかわからないような店が並んでいた。
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雨よけはボロボロだが、地面に置く看板は比較的新しいので、営業は
しているのだろう。


どこかで見たことのあるアヒルの絵。
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世界一著作権にうるさい団体も、こんな下町にまで目が届かないのだ
ろうか。

更に歩くと、ビデオ、本 無人販売ペペという場所があった。
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自販機を見ると、昭和から平成に変わった頃のVシネのパッケージ。
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写真を見て分かる通り、故障している。


恐る恐る、ゲゲゲの鬼太郎のような阪神のような建物の中に入ってみる
ことにした。
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比較的新しい自動販売機が並んでいた。
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中はエロビデである。2つほど売り切れランプもついていた。
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違う自販機も、なぜか同じような位置が売り切れ。
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電話で外にも通話できるようである。
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多分、夜になると不良のたまり場か、ホモ達のハッテン場になって
いるのではないかと推測する。

自動販売機をもっていけないようなロックもかかっていた。
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私が高校とか大学の頃はこういうエロ本やエロビデの自動販売機に
夜な夜な近づき、エロ本を買った後、ダッシュで離れた後、家に帰って、
高校とか大学の男がやる猿のような行為をして楽しんでいたものである。

今は、こんな苦労をしなくても、簡単に無修正のエロ動画が手に入る
時代になってしまい、便利になった分、こういった苦労もしなくなって
しまったわけである。

もののあはれを感じながら、更に散策を続ける旅好きおやじであった。
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[ 2016年02月22日 04:25 ] 大阪府 | TB(-) | CM(2)
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プロフィール

旅好きおやじの日記

Author:旅好きおやじの日記
職業はIT関係です。
趣味は海外旅行(21カ国制覇)、読書、資格取得です。
取得した資格は以下のとおりで、半分趣味のようになってます。
情報処理(ITストラテジスト,システム監査,プロジェクトマネージャ,アプリケーションエンジニア,テクニカルエンジニア(システム管理),テクニカルエンジニア(データベース),ネットワークスペシャリスト,セキュリティアドミニストレータ,1種,2種)、元PMP、ITIL V3 Foundation、Oracle Master Gold、日商簿記1級、建設業経理士1級、英検2級

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