旅好きおやじの日記 TOP  >  海外旅行

2018年モンゴル旅行の計画5(カラコルム)

7月の旅行では、7/15の朝にウランバートルを出発し、カラコルムへ移動した
あと、7/16の夕方にウランバートルに戻ってくるスケジュールになっている。

カラコルムというのは、モンゴル帝国の首都だったところである。

初代皇帝のチンギス・ハーンの時代は特定の首都というものはなかったが、
二代皇帝のオゴタイ・ハーンの時代に、このカラコルムを首都と定め、5代
皇帝のフビライ・ハーンが元の皇帝となり、大都(今の北京)に遷都するまで
の間、首都であった。
81306024010087.jpg


旅程には次のように書かれていた。

7/15
朝9時ウランバートル市内主要ホテルを出発し、車にて古都カラコルムへ。
途中、大草原でランチタイム。見渡す限りの広大な草原を走る道。
自然を楽しみながらの草原ドライブ。 遊牧民ゲルを訪問し、現地の人との交
流を楽しんで頂きます。昼食後、カラコルムへ移動。到着後、天然の天体
ショーをお楽しみください。
(天候によりご覧いただけない場合がございます)

ゲルへ宿泊。

7/16
朝食後、2代目皇帝オゴダイハーンの築いたモンゴル帝国の古都カラコル
ム遺跡へ移動。かつて世界の中心地となった都の跡地に、今も108の仏
塔に囲まれるエルデニ・ゾー寺院があります。
花崗岩の亀石(亀跌)も見学。カラコルム博物館見学後、専用車にてウラン
バートルへ戻ります。途中でラクダ乗り体験。30分
18 時:ウランバートル到着後、ホテルへ。




多分、自然を楽しみながらの草原ドライブも、天然の天体ショーも非日常の
世界ではあるが、何時間も見ることになると思うので、すぐ飽きてしまうの
だろう。

現地の人との交流というのはちょっとドキドキするが、楽しみである。

また、カラコルムという地域自体やエルデネ・ゾー僧院 は、世界遺産
「オルホン渓谷」の構成要素になっており、私の世界遺産メモリアルに1つ
加算される予定である。

最後まで読んで頂きありがとうございます。こちらを押していただけると嬉しいです!!
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ
スポンサーサイト
[ 2018年06月13日 04:36 ] モンゴル | TB(-) | CM(0)

2018年モンゴル旅行の計画4(ウランバートル観光)

7月に行くモンゴルのウランバートルには、

7/14(土) 19:30頃~
7/15(日) ~9:00
7/16(月) 18:00頃~
7/17(火) ~15:00頃

滞在の予定である。

この中で、入れる時間が決まっている寺やら博物館といった施設に入れるの
は7/17(火)の6時間程度しかなさそうなので、時間が決まっている施設とそう
ではない施設を確認しながら、効率的に回りたい。

■時間が決まっていない施設

・スフバートル広場

 ウランバートル観光では、ここを起点に色んな所へ行くと思う。
 近代モンゴル軍の父と英雄視されているスフバートルの名にちなんだ広場
 であるが、もちろん、モンゴル、いや、世界を代表する歴史上の人物の1人
 であるチンギス・ハーンの像もある広場である。
 Square_Ulan_Bator_(Mongolia).jpg

・ザイサン・トルゴイ

 スフバートル広場から南に3km南に位置し、展望台になっている。
 モンゴルがまだ社会主義国家で、ソ連の衛星国の1971年に建てられた
 もので、20世紀前半にモンゴル軍とソビエト連邦軍が協力して、大日本
 帝国やナチスドイツを破って平和が訪れた様子を描いているという。
 日本人としては複雑な心境になると思うが、それも時代の1ページなので
 ちゃんと見ておきたいと思う。
 zaizan_memorial.jpg

■時間が決まっている施設

 ・ガンダン寺(9:00 - 17:30 入場料4,000Tg、写真撮影:7,000Tg)
  1838年に建立されたチベット仏教寺院である。
  25mの大きさの観音像があるが2代目だそうである。
  初代観音像はスターリンによって1938年に破壊され、ソ連に持ち帰られ
  たという。
  そんな、スターリンという独裁者がいたソ連に対して、先述したザイサン・
  トルゴイのようなモニュメントを作るというダブルスタンダードを、モン
  ゴル国民はどう思っていたのか興味のあるところである。
  Zespół_klasztoru_Gandan_(12)

 ・ボグドハーン宮殿博物館(9:00 - 17:00 入場料8,000Tg 写真撮影50,000Tg)

  活仏(この世に姿を表した仏の化身とされるチベット仏教の高僧)ボグド
  ハーン8世が最後の20年を過ごした宮殿である。1906年に完成した。
  内部には曼荼羅や仏教美術などが集められており、見どころは多くあり
  そうである。
  しかし、写真撮影料50,000Tg(約2,300円)はぼり過ぎだと思うので、外の
  風景ぐらいで我慢しておこうと思う。
  Winter_Palace_Bogd_Khan_149185394_bfcc8db25b_b.jpg


 ・チョイジンラマ寺院博物館(9:00 - 19:30 入場料8,000Tg 写真撮影50,000Tg)

  ボグド・ハーンの弟のために建てられた寺院である。
  チベット仏教の仮面舞踊の祭典、ツァム祭がスターリン政権下で禁止さ
  れた際に最後に行われた寺院であった。

  UB-Csojdzsin02.jpg

 ・ノミンデパート(8:30 -22:30)

  社会主義時代に作られた旧国営デパートが、モンゴルの財閥のノミン
  グループによって民主化された老舗デパートである。
  結構夜遅くまであいている。
  おそらく、西側の普通のショッピングオール化されてしまっていると思うが、
  その中でも、かすかに残っているであろう旧ソ連の面影を見つけに行き
  たいと思う。
  7階にはフードコートもあるので、初日到着後はここのお世話になるだろう。
  state-department-store.jpg


 ・ナラントール・ザハ(10:00 - 19:00)

  モンゴル最大の大市場で生活用品やら、民族衣装、楽器、ゲルまで
  売っているというが、スリが多く危険とも言われている。
  今回の滞在で、この10:00 - 19:00というのは、ホテルはチェックアウト
  してしまっており、大きな荷物を持っている状態なので、寄るかどうかは
  その時の状況次第である。
  fixedw_large_4x.jpg




最後まで読んで頂きありがとうございます。こちらを押していただけると嬉しいです!!
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ
[ 2018年06月03日 04:17 ] モンゴル | TB(-) | CM(0)

2018年モンゴル旅行の計画3(空港から中心街への移動)

色々な国に行ったが、空港から宿泊ホテルのある中心街に行く場合、なる
べく、公共交通機関を利用している。

タクシーの場合、時間も短く、スリなどの心配も無いが、公共交通機関に比
べ費用もかかるし、思い出にも残らない。
せっかく旅行に来ているのに、地元の一般市民の様子とか、生活を体験で
きるチャンスなのに、わざわざ捨ててしまっているのが非常にもったいない
と思う。

もちろん、急がなければならないケースや、治安が悪い国などでは、その
限りではなく、多少ぼられてもいいからタクシーを利用する。

7月のモンゴル旅行については、空港についたらホテルに移動するだけで
初日は終わってしまうし、到着時刻が17:30でその日の日没時間は21:47
なので、今回もバスでの移動に挑戦したい。

ちなみに、空港から市街まで18kmのところにあり、車で45分程掛かる。
(去年行ったミャンマーの空港から市街と同じぐらいである)

費用はタクシーだと15,000Tg(約680円)なのに対し、バスは500Tg(約23円)
となる。

モンゴルでは、バスにのる場合電子マネーのU moneyというカードを購入
し、Suicaのようにカード読み取り機にかざして乗るのが一般的なようであ
るが、ネットで調べる限り、U moneyのカードを空港で買えるという情報が
ないので、現金で乗ってみるつもりである。
(現金を断る運転手もいるようだが、強引に乗ってみたいと思う)

空港から中心街のバス停は、空港から10分弱程度離れたところにある
という。

地図でいうと緑線のところをたどっていく。
chinggiskhaan_201805-01.jpg

Googleのストリートビューで追っていきたい。

ウランバートル市街の南西にあるチンギスハーン空港。首都の空港の割にかなり小さい。
chinggiskhaan_201805-02.jpg

空港を出て左に進む。赤丸のところにバス停があるがこれは降車専用である。
chinggiskhaan_201805-03.jpg

空港の駐車場を出る。
chinggiskhaan_201805-04.jpg

最初の三叉路を右に曲がる。
chinggiskhaan_201805-05.jpg

まっすぐ歩き、幹線道路まで出る。
chinggiskhaan_201805-06.jpg

右に曲がり幹線道路に沿って歩く。正面の建物の裏がバス停である。
chinggiskhaan_201805-07.jpg

一応、横断歩道や信号はあるようだ。
chinggiskhaan_201805-08.jpg

これがバス停。
chinggiskhaan_201805-09.jpg

バス停と言っても目印のようなものがなく、遊牧民みたいな人たちが雑然と
立っているだけである。

Ч(チェー)7かЧ9のバスに乗る。

果たして、ちゃんとバスに乗れるだろうか?そして、市街にたどり着けるだろうか。

頼りになるのは、このキリル文字の路線図と、現地の人達の人の流れだけある。
ch7_201805.jpg

(URL:http://transport.ub.gov.mn/BUS/index.php?id=7)


続きは、7月の旅行から帰ってきた旅行記で報告する。


最後まで読んで頂きありがとうございます。こちらを押していただけると嬉しいです!!
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ
[ 2018年05月27日 03:53 ] モンゴル | TB(-) | CM(0)

ベルリンの壁 イーストサイドギャラリー(3/3)


日の丸と富士山と五重の塔(絵では四重であるが)壁の隙間から見える絵を発見。
20141122-96.jpg


隣を見てみると、「日本地区への迂回路」と書かれている。
20141122-97.jpg

この絵を制作したのは、トーマス・キリンゲンシュタインという東ドイツの人。

彼は東ドイツで日本について勉強していたのだが、当時の東ドイツから見ると
日本は敵国ということで、19歳のときに投獄され追放されたとのこと。
その後、幼年期の夢を実現させ日本に移ったそうである。

1990年にこの絵を描くためにドイツに戻ったとのことである。

(参考)Umleitung in den japanischen Sektor
http://muralguide.org/murals/berlin/umleitung-den-japanischen-sektor

日本モチーフに、反日はつきものである。「独島は韓国の地」と心無いことが書かれていた。
20141122-98.jpg


こちらは中国是台湾不可分割的一省。と関係のない主張まである。
20141122-99.jpg


下には

日本臣従中国
China is a part of Taiwan

と中傷合戦である。


絵美君はここまで着いたよ。といった便所の落書き的な落書きまである。
20141122-221.jpg

ときおり、このように芸術性の高い絵もある。
20141122-222.jpg


人形の絵。
20141122-100.jpg


ピカソのような絵。
20141122-101.jpg


人間とサル。
20141122-224.jpg


太陽のような爆弾のような、何かを訴えている絵。
20141122-225.jpg


人の顔にも見えたり、土下座して謝罪している人間にも見える絵。
20141122-226.jpg


もうそろそろ終点のようである。
20141122-227.jpg


インドネシアっぽい絵。
20141122-102.jpg


ベルリン、東京、ニューヨーク。これも何が言いたいのか意味不明。
20141122-103.jpg


核の炎に包まれた人間と言ったところか。残念なことにでかいちんこが付け足されているが。
20141122-104.jpg


立体的に見える。
20141122-228.jpg


近寄ってみると、実際に立体だった。
20141122-229.jpg


ベルリンの壁でいちばん有名な絵の前に来た。
20141122-105.jpg

ソ連のブレジネフと東ドイツのホーネッカーのキスである。
20141122-106.jpg


当時の東側はこのようにキスをして敵意はありませんと表したそうだが、
そうするとこのキスは国民たちの命がかかったキスでもあるのである。



野原に骸骨姿になった男と墓の絵。これも反戦を訴える絵だろうか。
20141122-107.jpg


奈落の底に陥る男。
20141122-108.jpg


アメリカ、イギリス、フランスの旗の隣に「チェックポイントチャーリー」とある。
20141122-109.jpg


チェックポイントチャーリーとは、東ベルリンと西ベルリンの境界線上に置かれて
いた国境検問所のことである。


ゴルバチョフも一緒にチェックポイントチャーリー通過?
20141122-110.jpg


ドイツ国旗とイスラエル国旗。
20141122-111.jpg


昔敵対していたドイツとユダヤ人が融合したとか、
イスラエルが今やっていることは、昔のドイツと同じことだとか、
いろんな解釈ができそうな絵である。


終点の絵。特にメッセージ性はなさそうである。
20141122-230.jpg


1.3kmにわたるイーストサイドギャラリーの端まで到達した。
20141122-231.jpg

ベルリンの壁。人間の作った負の歴史のモニュメントとして、今後もずっとこの地に残るのだろうか。
20141122-232.jpg


最後まで読んで頂きありがとうございます。こちらを押していただけると嬉しいです!!
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ
[ 2018年03月16日 04:33 ] ドイツ | TB(-) | CM(0)

ベルリンの壁 イーストサイドギャラリー(2/3)

また、わけのわからん絵が出てきた。
20141122-90.jpg

作者の意図とは違うと思うが、自分なりに解釈してみた。

東ドイツでの生活に嫌気がさし、西側の華やかさに憧れる赤い服を着た
マリリンが、顔色の悪いアメリカの男に声をかけられる。

男は言った
「西側は楽しいよ。これから一緒にクラブに行かないか?」


西側クラブに入ると、きのこのDJや、ボトルの女、ビールを飲む成金おやじ
など、様々な個性の人間たちで賑わっていた。
20141122-91.jpg

楽しい夜を過ごしたマリリンは、もう東側は捨てて、西側に永住しようと思い
ました。



翌朝、マリリンが街に出てみると、ムチを持った金の亡者が悪知恵をもって
人々を働かせていました。
20141122-92.jpg

資本主義も、社会主義も、理想的な社会など無い。

結局自分を強く持たなきゃダメなのね。

とマリリンは街に消えていくのでした。


壁の間から、西側に流れる人々の図。
20141122-204.jpg


あまり芸術性のない絵。
20141122-205.jpg

こちらも同じく。そのへんのドキュソが描くレベルである。
20141122-206.jpg

同じくドキュソ落書き。
20141122-207.jpg

やっとまともなのが出てきた。
20141122-93.jpg

M
DD
CCC

何を意味するのだろうか?



倒れかけている背の高い人間の上に、太陽、電球、火を頭につけた3人の
人間が歩く。これも意味不明。
20141122-208.jpg

エジプトの壁画のような絵。
20141122-209.jpg


東ドイツの国民車、トラバントがベルリンの壁に突っ込むの図。
20141122-94.jpg


これも意味不明の絵。
20141122-210.jpg

まだまだ続く。
20141122-211.jpg

アメリカっぽいイラスト。
20141122-212.jpg

Berliner Mauer East Side Gallery。イーストギャラリーの表札。
20141122-213.jpg

わけのわからない抽象画。
20141122-214.jpg


ドイツの詩人、シラー、ゲーテと科学者のアインシュタイン。
20141122-215.jpg

街に出たら、商用に普通にありそうな絵。
20141122-216.jpg

ヤギみたいなロバみたいなモチーフの絵。
20141122-217.jpg

おっぱいと虹の用水路。堕落と公害がテーマなのか?
20141122-95.jpg

鳩と太陽。
20141122-218.jpg

ベルリンの壁を飛び越えるルパンと言ったところか?
20141122-219.jpg

坊主と壁。
20141122-220.jpg

政治色の強い絵があったり、全く意味不明な絵があったりするが、この辺
までは、意味不明の抽象画が多いという印象である。

つづく

最後まで読んで頂きありがとうございます。こちらを押していただけると嬉しいです!!
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ
[ 2018年03月15日 04:29 ] ドイツ | TB(-) | CM(0)

ベルリンの壁 イーストサイドギャラリー(1/3)

私が中高生の頃は、まだ、ドイツは西と東に分断されていた。

そのときは、アメリカを中心とする資本主義圏と、ソ連を中心とする共産
主義圏が世界を二分していたので、まさか、その壁が崩壊し、国が一つに
統一するなど夢にも思わなかった。

ベルリンの壁は1989年に崩壊した後、旧東ドイツ側の壁にはアーティスト
たちのメッセージが込められた「イーストサイドギャラリー」と名付けら
れた場所がある。

そのイーストサイドギャラリーは、Berlin Ostbahnhof(ベルリン東)駅
が最寄り駅になる。
20141122-193.jpg


ドイツの鉄道駅はこのようなアーチ状に吹き抜けになっている駅が多い。
20141122-194.jpg


ベルリン東駅構内。
20141122-195.jpg


うまそうなアイスが売られていた。
20141122-196.jpg

ちょっと見た後に、その場を離れるとアイス屋の店員に舌打ちと
ブーイングを浴びせられた。

ドイツ人は自国のサービスのことを「サービス砂漠」と自嘲気味に
言うことがあり、このようなサービスを受けるのが当たり前とのこと。

日本では絶対に考えられないことである。
大概のことに寛容な旅好きおやじも、こればかりはムカついた。
20141122-79.jpg


駅から横断歩道を渡るとすぐにイーストサイドギャラリーである。
20141122-80.jpg

イーストギャラリーの一番西側。
20141122-81.jpg


骸骨の不気味な絵。
20141122-82.jpg


お爺さんか、おばあさんかよくわからない性別不詳の絵を見ながら
ギャラリーを東に歩く。
20141122-197.jpg


ヒトラー・ユーゲントというナチスドイツの青少年教化組織の子どもたち。
20141122-83.jpg


ライオンの絵。アメリカナイズされた絵である。
20141122-84.jpg


壁の東と西の間に立つ女性。
20141122-85.jpg


人間のような鳩のような絵。人間の自由を訴えているのだろうか。
20141122-198.jpg



ここにも、壁の真ん中を背にして写真を撮る人たちがいた。
20141122-199.jpg


わけのわからない字。
20141122-200.jpg


さらにギャラリーを東に歩く。
20141122-201.jpg


衣服のチャックを開けるとOHLSTAND REIHE。意味不明な絵。
20141122-86.jpg


平和の鳩が囚人の鎖を引っ張るの図。
20141122-87.jpg


太陽と月?よくわからない絵が続く。
20141122-202.jpg


これもよくわからない絵だが、一番右はバックでセックスしている図だろうか?
20141122-203.jpg


パフォーマ。一緒に写真を撮るとチップをせがまれるだろう。
20141122-88.jpg


CURRICULUM VITATE(履歴書)という題で、1961年~1989年という
壁が存在した時期の西暦が描かれている。
20141122-89.jpg

年の大きさと、その周りにあるピンクの斑点は何を意味するのだろうか。

壁の存在していた期間は28年。

そして、ベルリンの壁崩壊の1989年から数えて今年で29年目。

ベルリンの壁があった期間よりも、崩壊した後の期間のほうが長くなった。

これからも、平和は続いてほしいものである。


つづく

最後まで読んで頂きありがとうございます。こちらを押していただけると嬉しいです!!
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ
[ 2018年03月14日 04:20 ] ドイツ | TB(-) | CM(0)

明孝陵(南京)

モンゴル人の作った元という王朝も、長年の支配に綻びができ紅巾の乱とい
う反乱が起きた。

その紅巾の乱に加わった乞食僧である朱元璋は、元を討伐し1368年に南京
で即位し国号「明」の皇帝となった。

そんな朱元璋の陵墓が南京にある。

その陵墓は明孝陵といい、北京の外れにある明十三陵などとともに、
「明・清王朝の皇帝墓群」として世界遺産登録されている。

明孝陵は、南京地下鉄の明孝陵・首宿園が最寄り駅になる。
20150920-176.jpg

地下鉄を降りる。
20150920-177.jpg

南京は、北京や上海のように外国人に人気のある観光地でもないので、売り子
もりんご飴かなんかよくわからない国内客向けのものを売っている。

20150920-178.jpg
明孝陵といっても山1つぐらいあり、ここには明の皇帝朱元璋以外にも、
三国志の呉の皇帝の孫権や、中華民国を建国した孫文などの皇帝級の人物
の墓が集中しており、他にも蒋介石の嫁で日本を陥れた宋美齢の邸宅など
もあり、わりと中国の歴史に思いを馳せられる場所でもある。

途中、孫権の博物館などを見学したので、駅から1時間ぐらいかかって
明孝陵に到着

世界遺産の碑。
20150920-074.jpg

明孝陵の案内図。
20150920-181.jpg

一本道を歩き、陵墓に向かう。
20150920-076.jpg

当時30年余りの歳月をかけて、10万人の作業者を使って1381年に完成したという。
20150920-077.jpg

治隆唐宋。
20150920-078.jpg

明の朱元璋の統治は、唐太宗の李世民、宋太祖の趙匡胤を越えたと称えた碑文である。


孝陵と書かれているのは明楼といわれ方城という石垣の上に立てられている。
20150920-079.jpg

朱元璋の絵が飾られている。
20150920-182.jpg

朱元璋の肖像はこのように顎がしゃくれたコミカルなものもあれば、
白髪の仁君みたいなものもあったりする。

この朱元璋は、明を建国した後は、それまで忠義を尽くしてきた部下を
粛清したという。

漢の劉邦も最大の功臣である韓信を粛清したが、生い立ちといい晩年の
状況といいよく似ている。

お土産を買おうと思ったが、あまり歴史とは関係のないペロペロキャンデー
とか、恐らくディズニーに許可を取っていないであろうミッキーやミニーの
キャンデーが売られていた。
20150920-183.jpg


皇帝トランプとかも売られていたが、荷物になるので買わず。
20150920-184.jpg


日本ではガイドブックさえ売られていない南京であるが、北京や上海と
いった有名な観光地に飽きた方は、南京を旅行してみてはいかがだろうか。
20150920-185.jpg


最後まで読んで頂きありがとうございます。こちらを押していただけると嬉しいです!!
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ
[ 2018年03月10日 04:44 ] 中国 | TB(-) | CM(0)

紹興の咸亨酒店と孔乙己(コンイーチー)

中学のときの教科書で阿Q正伝という小説を習う。

中国の紹興出身の小説家の魯迅の作品である。

その魯迅は日本にも医学で留学しており、仙台医学専門学校の藤野先生が
小説に出てきたりしている。

阿Q正伝や狂人日記は、印象的な小説だったので、今でも印象に残っている。

そんな魯迅の小説に出てくる咸亨酒店と孔乙己について書いてみたい。

咸亨酒店は新幹線の紹興北駅からバスで30分強の魯迅故里にある。
20150921-171.jpg

魯迅故里の商店街をぬけたところに咸亨酒店がある。
20150921-040.jpg

入り口にヒョロっとした老人の像がある。
20150921-173.jpg

この人物が孔乙己(コンイーチー)である。

孔乙己は科挙という秀才の試験に落ち、また、商人にもなることができず、
書物を書き写したりして一日の糧を得ていたが、怠け心からそれも、やらなく
なり貧困を極めながらも、酒をやめることができず、落ちぶれていく。

孔乙己が飲んでいた咸亨酒店に居合わせた人々は、中途半端な学問しか身
につけられなかった孔乙己を笑い者にし、その咸亨酒店で小僧をつとめてい
た「私」も一緒になって笑うのだが、ある日、孔乙己が、ぼろぼろの姿で現れ
て一杯の酒だけ飲むと、それっきり姿を見せなくなるというストーリーの小説
である。

学問への誇りを捨てられず、かといって働かない怠けものだから金もなく、
最後に消えていくという、示唆にとんだ内容となっている。


小説の「私」になった気持ちで店の中に入ってみる。
20150921-172.jpg

入り口は、立ち飲みコーナ。

小説の中で孔乙己や底辺労働者が立ち飲みしていた場所。

日本語も英語も通じないであろう店に恐る恐る入る。
20150921-174.jpg

なかなかいい感じの店である。
20150921-041.jpg

メニューは実際にカウンターに行って店員に欲しいものを告げる。
20150921-042.jpg

カウンターではカネを払うのではなく、プリペイドカードを買う。
20150921-176.jpg

豚の角煮とか桃とかを頼む。
20150921-043.jpg

皿には咸亨 1894と書かれており歴史を感じる。
20150921-175.jpg

プリペイドカードで勘定を払い店を出る。
20150921-177.jpg

科挙制度と礼教(儒教)が生み出した、無為な人物の存在を批判したこの話、
何か、昔の万年司法試験浪人生とか、勉強しかせず、それを世の中の役に
立てることができない不要な人間の話であり、現代にも通じる話だと思う。



最後まで読んで頂きありがとうございます。こちらを押していただけると嬉しいです!!
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ
[ 2018年03月08日 04:16 ] 中国 | TB(-) | CM(2)

2018年モンゴル旅行の計画2(宿泊ホテル)

7月にモンゴルに旅行にいくことにしたが、夏のモンゴルは旅行者も多い
ので、早めにホテルを予約した。

旅行は3泊がモンゴル、1泊が北京の合計4泊5日の旅になる。

初日に泊まるのは、ウランバートルの中心のスフバートル広場という
街の中心の、フブスグルレイクホテルで、44ドルの宿泊費である。
khuvsgullakehotel_ub.jpg

中心の広場から近いので、初日の到着は19:00頃になるだろうが、私が
到着する7/14の日没は21:48なので、ホテルについたら、周りを散策し
たいと思う。

2日目は、ウランバートルから300km離れたオルホン渓谷という世界遺産
に行って、そこのゲルキャンプで一泊する。
analgelcump.jpg

ゲルキャンプの名前は「アナルゲルキャンプ」という、少し恥ずかしくなる
ようなゲルの中に泊まる。

ゲルの中は、ホテルの部屋とあまり変わらないぐらいきれいらしいが、
モンゴル気分が満喫できそうで非常に楽しみである。

3日目の夜、またウランバートルに戻りプラチナムホテルに泊まる。
宿泊費は56ドルである。
platinumhotel_ub.jpg

4日目はモンゴルのウランバートル空港を出発するのが18:30なので、
このホテルを中心に、市街を観光したいと思う。



そして、ウランバートル空港を出発して、北京につくのは22時頃になる
ので、ホテルは北京の中心ではなく空港の近くのデイズ ホテル ベイジ
ン ニュー エキシビジョン センター というホテルで、宿泊費は5,881円
だった。
DaysHotelBeijing.jpg

空港から若干離れているので、タクシーを使ってホテルに向かいたいと
思う。


最後まで読んで頂きありがとうございます。こちらを押していただけると嬉しいです!!
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ
[ 2018年02月26日 04:39 ] モンゴル | TB(-) | CM(0)

2018年モンゴル旅行の計画1(飛行機)

今年は、行きたい国としてモンゴルかインドネシアを考えていた。

1年に2カ国行くというのは、子供がこれから大きくなるというのに、浪費だと
思うので、今年は1回に押さえることにしていた。

インドネシアは比較的行く機会もあると思うので、モンゴルに行くことにした。

モンゴルは、6月~8月以外は、最低気温が3度から氷点下で、1月とか2月
に行くと最高気温でも-10度、最低気温は-20度以下という。

寒いモンゴルというのも人生経験としていいのかなと思ったが、真冬は遊
牧民たちが、ウランバートルの周辺に集まり、暖房を焚きまくるので、空気
が汚くその汚さは、よく汚いと話題にされる北京の5倍もの汚さであるという。

なので、順当に7月に行くことにした。

飛行機は、モンゴルのフラッグキャリアのミアットモンゴル航空ではなく、
中国国際航空にした。

中国の飛行機といっても、大国中国のフラッグキャリアであり、いくら中国
とはいえ、事故を起こすと中国のメンツが丸つぶれになるわけで、安全に
もかなり気を使っているものと考えて良さそうである。

そして、直行便を飛ばすミアットよりも、北京にも寄り道でき、しかも安い。

飛行機は次のとおりである。

[1]7月14日(土) CA184
 東京(羽田) - 北京
 8:30発11:20着
 エコノミー:W

[2]7月14日(土) CA955
 北京 - ウランバートル
 15:15発17:30着
 エコノミー:W

[3]7月17日(火) CA956
 ウランバートル - 北京
 18:30発20:45着
 エコノミー:W

[4]7月18日(水) CA183
 北京 - 東京(羽田)
 17:10発21:30着
 エコノミー:W

ウランバートル以外に、世界遺産のオルホン渓谷にあるカラコルム遺跡に
行く予定であるが、どのようなツアーになるのかは、また別の機会に説明
したい。

また、復路は北京に一泊する。

北京は10年以上ぶりになる。

前回、シートが覆われていてよく見れなかった紫禁城や、天安門広場は
当然として、北京周辺の世界遺産で行っていなかった周口店の北京原人
関連の施設も周りたいと思う。


最後まで読んで頂きありがとうございます。こちらを押していただけると嬉しいです!!
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ
[ 2018年02月11日 04:09 ] モンゴル | TB(-) | CM(0)
カテゴリ

openclose

プロフィール

旅好きおやじの日記

Author:旅好きおやじの日記
職業はIT関係です。
趣味は海外旅行(22カ国制覇)、読書、資格取得です。
取得した資格は以下のとおりで、半分趣味のようになってます。

・情報処理
 ・ITストラテジスト
 ・システム監査
 ・プロジェクトマネージャ
 ・アプリケーションエンジニア
 ・テクニカルエンジニア(システム管理)
 ・テクニカルエンジニア(データベース)
 ・ネットワークスペシャリスト
 ・エンベデッドシステムスペシャリスト
 ・情報セキュリティアドミニストレータ
 ・情報処理一種
 ・情報処理2種
 ・情報セキュリティマネジメント
 ・ITパスポート
 ・情報処理安全確保支援士試験合格
・元PMP
・ITIL V3 Foundation
・Oracle Master Gold
・日商簿記1級
・建設業経理士1級
・英検2級

最新記事
カレンダー
プルダウン 降順 昇順 年別

05月 | 2018年06月 | 07月
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30



ブクログ
楽天
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
日記
567位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
会社員・OL
114位
アクセスランキングを見る>>
検索フォーム
人気ブログランキング
ブロとも申請フォーム