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2018年モンゴル旅行の計画1(飛行機)

今年は、行きたい国としてモンゴルかインドネシアを考えていた。

1年に2カ国行くというのは、子供がこれから大きくなるというのに、浪費だと
思うので、今年は1回に押さえることにしていた。

インドネシアは比較的行く機会もあると思うので、モンゴルに行くことにした。

モンゴルは、6月~8月以外は、最低気温が3度から氷点下で、1月とか2月
に行くと最高気温でも-10度、最低気温は-20度以下という。

寒いモンゴルというのも人生経験としていいのかなと思ったが、真冬は遊
牧民たちが、ウランバートルの周辺に集まり、暖房を焚きまくるので、空気
が汚くその汚さは、よく汚いと話題にされる北京の5倍もの汚さであるという。

なので、順当に7月に行くことにした。

飛行機は、モンゴルのフラッグキャリアのミアットモンゴル航空ではなく、
中国国際航空にした。

中国の飛行機といっても、大国中国のフラッグキャリアであり、いくら中国
とはいえ、事故を起こすと中国のメンツが丸つぶれになるわけで、安全に
もかなり気を使っているものと考えて良さそうである。

そして、直行便を飛ばすミアットよりも、北京にも寄り道でき、しかも安い。

飛行機は次のとおりである。

[1]7月14日(土) CA184
 東京(羽田) - 北京
 8:30発11:20着
 エコノミー:W

[2]7月14日(土) CA955
 北京 - ウランバートル
 15:15発17:30着
 エコノミー:W

[3]7月17日(火) CA956
 ウランバートル - 北京
 18:30発20:45着
 エコノミー:W

[4]7月18日(水) CA183
 北京 - 東京(羽田)
 17:10発21:30着
 エコノミー:W

ウランバートル以外に、世界遺産のオルホン渓谷にあるカラコルム遺跡に
行く予定であるが、どのようなツアーになるのかは、また別の機会に説明
したい。

また、復路は北京に一泊する。

北京は10年以上ぶりになる。

前回、シートが覆われていてよく見れなかった紫禁城や、天安門広場は
当然として、北京周辺の世界遺産で行っていなかった周口店の北京原人
関連の施設も周りたいと思う。


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[ 2018年02月11日 04:09 ] モンゴル | TB(-) | CM(0)

中国共産党第一次全国代表大会会址記念館

中国共産党の全国代表大会が今年の10月に開かれた。

この大会は、中華人民共和国より上にある中国共産党の最高機関で、
5年に1回開かれ、今年で第19回目になる。

日本人の私にとってみれば、北朝鮮がこの大会にあわせてミサイル実験
でもやってくれれば、中国のメンツを潰せて面白かったのにと思ったが、
残念ながら何も起きなかった。

この中国共産党の全国代表大会が初めて開催されたのは、支那大陸が
孫文の国民党政権の時代である、1921年(大正10年)7月のことである。

そんな、第1回全国代表大会が開かれた歴史的な場所が、中国随一の
シャレオツタウン「新天地」のはずれにある。
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「新天地」というのは上海のフランス租界のあった場所で、西洋のブラン
ドショップやカフェが立ち並び、白人が多く闊歩している場所でもある。


チケット配布場所。
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タダである。

毛主席ゆかり、共産党のルーツな場所なのでお金を取られることはない。



チケットはこれであるが、タダならこういう立派なチケットを作るのは
もったいないと思った。さすが採算を考えない共産主義国である。
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入り口。
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ソ連の旗みたいな旗が入り口にある。
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これはソ連の旗ではなく、中国共産党旗である。

中国は中華人民共和国という国家より、共産党のほうが上にあり、国より
偉いのである。

ちなみに、このマークは「ツチカマ」と言われ、農民と労働者の団結を表
し、マルクス・レーニン主義の共産主義や共産党のシンボルとして使われ
ている。

1854年4月とある。上海租界が始まったときの外国人による警察のマーク。
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大砲なども展示されている。
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まだ、中華民国時代の展示物も数多くあった。
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共産党の人物パネル。
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こういう場所で共産党大会が開かれたのだろうか?
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当時の党員は57人とも50数名ともいわれているが、その正確な数字は
明らかになっていない。
毛沢東が起立して話しているが、この段階では一党員に過ぎなかった。
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若い頃は目鼻立ちもはっきりしていてイケメンだったようである。
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第一回共産党大会の日程表。
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日中戦争あたりの展示パネル。
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統計情報も展示されていたが、信憑性はどうだろうか?
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八路軍の面々。
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中国では、国共内戦という国民党と共産党の内戦があり、ほうほうの体
ですごい長距離を逃げ回っていたという歴史があるが、本国ではどう
伝えられているのだろうか?

おみやげ物屋。毛沢東のおなじみの写真。
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日本風にデフォルメされたフィギュアなどもあった。
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中国共産党は、ソ連のコミンテルンにより支援を受けながら結成された
わけであるが、戦時中はあまりコミンテルンの言うことを聞いていなかっ
たという。また、ソ連が表立って中国共産党を応援すると、アメリカは確
実に国民党についてしまい明らかな代理戦争が始まる可能性があり、
第2次世界対戦で国力を著しく失いアメリカとの衝突を避けたかったソ連
は、戦後まもなくは、中国共産党を表立っては支援しなかったという。

それでも、中国共産党が中国を統一したのは、蒋介石率いる国民党の腐
敗は激しく、戦時中は焦土作戦で街を焼き払い国民の支持を受けられず、
兵士の士気が著しく低かったのに対し、農民層を大事にしていた毛沢東
は農村部の圧倒的な支持を受けていたこと、またソ連から表だって支援
は受けられなかったとは言え、満州にあった日本軍の武器兵器を、事実
上ソ連から得ることができたことにある。


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[ 2017年12月20日 04:33 ] 中国 | TB(-) | CM(0)

エンパイアステートビル

今では、世界の首都級のどの都市にいっても超高層ビルは珍しくはないが、
それでもニューヨークの超高層ビル群は他の都市と比べ貫禄がある。

さらにその中でも別格なのが、エンパイアステートビルではないだろうか。

エンパイアステートビルは1931年、年号で言うと昭和6年からニューヨークに
あったとかなり歴史の古い高層ビルで、キングコングをはじめ色々な映画の
舞台にもなっており、日本人がオーナーになったことや、現アメリカ大統領
である当時の不動産王ドナルド・トランプと日本人オーナの間で所有権を
めぐって関わることもあったという。

エンパイアステートビル
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ソ連のモスクワ大学とかに似た形をしており、ソ連ではこのような形のビルを
スターリン様式といわれたりするが、スターリン様式のほうがエンパイアステー
トビルよりも歴史は浅い。

早速中にはいってみる。
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エントランス。
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エンパイアステートビルのチケット。
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やはり人気のあるビルだけあり、かなり混雑している。
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手荷物検査。
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今では当たり前の光景であるが、かつてはこのような手荷物検査などは
甘かったので、1997年には86階の展望台で、69歳のパレスチナ人の元英
語教師が86階の展望デッキで突然銃を取り出し、歩き回りながら約100人
いた観光客に向かって無差別に発砲したこともあったという。

展望台のある86階まで上がる。
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1931年5月1日までに完成の看板。実際には4月11日に竣工している。
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展望台でも並んだりする。
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キングコング。
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1933年の作品。
多分、エンパイアステートビルができたての頃は、今とは比較にならないほど
アメリカの誇りでもあっただろうから、それを襲うキングコングというコンセプト
はウケただろう。

展望デッキ
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お土産屋。
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クライスラービル。
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エンパイアステートビルができるまでの間は、このクライスラービルが
世界で一番高いビルだったという。

ニューヨークの夜景。
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こういう夜景の写真を見ると、もうちょっといいカメラを使って写真をとり
たくなるものである。


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[ 2017年12月09日 04:26 ] アメリカ | TB(-) | CM(0)

ホーチミン廟

冷戦期の共産圏の国々の指導者には極悪人が多い。

ソ連のスターリン、中国の毛沢東、カンボジアのポルポトなど、政敵になる
人間をとことん粛清したり、悪政を敷いたりで百万人単位で自国民を殺害
している。

特に、前の2人などはアドルフ・ヒトラーよりも人を殺しており、スターリンは
2000万人、毛沢東に至っては6000万人を殺したと言われている。

ホーチミンは共産主義指導者の中では珍しく粛清というものをやっていない。

確かに、北ベトナムの土地改革の過程で軍隊を動員して地主や農民の蜂起
を鎮圧し、 約15000人の国民を殺害したので善人というわけでもなさそうだが、
当時から「ホーおじさん」と呼ばれ、今でも国民からの絶大な支持がある。

そのホーチミンは、生前、自分が死んだら火葬しベトナムの北部、中部、南部
に分骨して埋葬するように言っていたが、人気のあるホーチミンの意見も死ん
でしまっては聞き入れられず、現在はハノイのホーチミン廟に永久保存処理
した状態で眠っているという。

ホーチミン廟の前は広場になっており、まわりは公園のようになっている。
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向こうに見えるのはホーチミン廟。
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廟の上部にはHO - CHI - MINNと書かれている。
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月・金以外の午前中には廟の中に入れるというが、外国人観光客よりも
地元のベトナム人が圧倒的に多く、1~2時間待ちになるという。
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廟の中はベトナム人民軍の軍人により警護されており、私語厳禁で立ち
止まることは許されない。また、撮影不可であるため、事前にカメラや
携帯電話などを預けておく必要がある。

私が、行ったときには月曜日だったので残念ながら、ホーチミンの遺体を
見ることができなかったが、今度ハノイに行くときには休館日に留意して
訪問したいと思う。
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[ 2017年11月22日 04:18 ] ベトナム | TB(-) | CM(0)

DDRミュージアム(旧東ドイツ博物館)

私が大学1年のとき、ベルリンの壁が崩壊した。

ベルリンの壁の崩壊前に、ポーランドやハンガリーで民主化が起き、もう
共産圏も長くはないなと思いつつも、東西分断の象徴であったベルリンの
壁が崩壊したのは、やはり衝撃だった。

冷戦時代、ベルリンの壁に分断された向こう側の世界はどうだったのか
というのは非常に興味深いものであり、その様子が垣間見える場所が
ベルリンに残っている。

DDR博物館である。

DDRはドイツ語でDeutsche Demokratische Republikでドイツ民主共和国
つまり、東ドイツのことである。

ベルリン大聖堂の川を挟んで向こう側にDDR博物館がある。
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DDR博物館にあるDDRレストラン。旧東ドイツ料理を味わうことができる。
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チケットを買い博物館に入ると旧東ドイツ製のバイクが展示されていた。
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第2次世界対戦ではイギリスやアメリカ、ソ連と戦っていた、技術的な
一等国であったドイツは自国でバイクを作ることなど朝飯前だったのだ
ろう。

工業力だけではなく、色使いや形状など、独特のものがあるがなかなか
良いデザインだと思った。


こちらはキャッシュレジスタ。昭和の日本でもこんな感じだったような。
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テレビ。
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旧東ドイツの家の中の一部を再現したゾーン。
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スパイに対する取調室のイメージなのだろうか。
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よく見るサッカーゲーム。
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東ドイツはワールドカップや欧州選手権ではほとんど予選敗退の弱い
チームだったがオリンピックでは強かったという。

共産圏ではオリンピックのメダルが国威発揚の手段だったこともあり、
オリンピックに賭けていたのだろう。

ビールとか日常品とか。
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東ドイツの食卓。1950~70年代のアメリカとあまり変わらない。
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東ドイツの映写機で映画を見られるコーナーもあった。
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ソ連のマークがずっと移された映画。
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マルクスとレーニンの像。
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ソ連のゴルバチョフと東ドイツのホーネッカーのキス。
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ホーネッカーは、ゴルバチョフの何代か前の書記長であるブレジネフとも
熱いキスをしているシーンが有名である。

当時の西側に対抗するためには共産圏での結束が必要であり、あなた
を受けれいてますよという気持ちを表すためオッサン同士のキスは普通
であり、また国民の命もかかっているので、大切な外交の仕事だったの
だろう。

こちらは東ドイツに多くあったヌーディストビーチ。
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アメリカの文化の影響をあまり受けなかった国では、こういった裸の社交
場というものが結構あり、クロアチアなどでもまだヌーディストビーチが
残っているという。

そう言えば、日本も江戸時代までは混浴というものがあり、男女一緒に
風呂に入るというのは普通の感覚だったが、ペリーのせいで下品なもの
という扱いをされてしまったのを思い出した。

我々はすでにアメリカの文化が体に染み付いているので、裸=エロ→見
に行きたい、見せに行きたいという感覚があるのかもしれないが、アメリ
カの文化に触れていない人たちは、裸=エロとは捉えていないのかもし
れない。


ベルリンの壁の模型。
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私の子供の頃のベルリンの壁というのはまさにこのイメージで、ここを乗り
越え西側に脱走しようとすると、容赦なく衛兵に殺されたという。

東ドイツのおもちゃ
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これが有名なトラバントという東ドイツの国民車である。
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通称、トラビと呼ばれていた。実物の車体はプラスチックで出来ていたそ
うである。購入してから納車まで10年もかかっていたと言われている。

しかも、このトラビは戦後もほとんど性能などが変わらなかったという。

一方西側は資本主義。競争社会であり終戦直後の車と1989年の前後
の車ではぜんぜん違うものになっていたわけで、そんなのんびりと仕事
をしているのに、軍事だけは西側と張り合うから、世の中いびつになり、
崩壊していったのである。

その結果が、このベルリンの壁崩壊という出来事に集約されるのであろう。
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[ 2017年11月19日 04:06 ] ドイツ | TB(-) | CM(0)

ロイカートンの思い出(タイ)

もう9年前の話になるが、タイに毎月出張していた。

今考えてみると、プロジェクトの内容は最悪だったが、現地のタイ人スタッ
フは日本人である我々を色々ともてなしてくれた。

9年前の今日、タイのアユタヤでロイカートンというお祭りがあるという
ので、仕事の後、アユタヤのチャオプラヤ川に連れて行ってもらった。
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タイ人スタッフたちも、この日を楽しみにしていたという。

ロイ・カートンというのは、ソンクランと並んでタイを代表する祭りである。

農業の収穫に対する水の女神コンカーへの感謝と、川を汚してごめんなさい
という意味の祭りで、川にバナナの葉などで作った灯籠を川に流す。
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タイ人スタッフや日本人駐在員たちと、プロジェクトメンバ3人で
船に乗り、クルーズをした。
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チャオプラヤ川にか船が結構な数航行していた。
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これはアユタヤの遺跡。
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派手な電飾。
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タイやミャンマーは仏の後光を電飾で表す。

日本では仏教と言えば厳かなイメージだが、タイヤミャンマーでは
そういう感覚でもないようだ。

川に流される灯籠。
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空にはポツポツと光のようなものがある。
200811-08.jpg

これは、コムローイと言われるもので、空に流す灯籠で、
熱気球のようになっている。

9年前は遠巻きでしか見れなかったが、コムローイが大量に使われる
チェンマイなどではこのように大量の熱気球が流される。
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ディズニーの塔の上のラプンツェルでは、ラプンツェルが赤ちゃんの頃、
魔女にさらわれ王様とお妃様が、ラプンツェルの無事を祈って毎年ラプ
ンツェルの誕生日に、大量の熱気球をあげるというシーンがあったが、
そのモデルになったのが、このロイカートンと言われている。

また、いずれ、どこかの11月に、タイのロイカートンを見に行きたいもの
である。


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[ 2017年11月12日 04:08 ] タイ | TB(-) | CM(0)

2017年ハワイ旅行記

2週間前にハワイ旅行から帰ってきた。

仕事の内容もガラッと変わりあっという間の二週間で、前の部署とも違い、
残業時間が多くなってしまった。

残業時間は多くなったが、睡眠時間はその分短くなるだけで、ジムとか
勉強の時間は変わっておらず、そんな中、なんとか旅行記を書き上げる
ことができた。


リゾートの旅行記なので、ぼんやりしている時間が多く、特に3日目など
は余り書くことがなく、日によって偏りが大きくなってしまった。


お時間に余裕のある方は、ちょっとだけ時間をとって見ていただくと幸い
である。

2017年ハワイ旅行
http://www.green.dti.ne.jp/yama219/travel/201709Hawaii/index.htm



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[ 2017年10月06日 04:42 ] ハワイ | TB(-) | CM(2)

ザ・バスアプリ Dabus

ハワイでスマホを使う際、一番活躍するアプリはGoogle Mapである。

Google Mapの使い方については、ブログを読めるリテラシのある読者に
は解説不要だと思うので割愛する。

ハワイの重要交通機関であるThe Busに、時刻表は有って無いような
ものなので、いつごろ来るかよくわからない。

そこで活躍するのが、Dabusというアプリである。

初画面で最寄りのバス停を検索してくれる。
20170921-17.jpg

するとバスの時刻表が出てくる。
20170921-18.jpg

バスの路線はバス停にもあるし、バスにも表示されるのだが、
連チャンできたときなどに間違って乗ってしまう可能性がある。
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次に来るバスが今どのへんを走っているのかがリアルタイムに表示
されるので、勘違いは少なくなる。
20170921-20.jpg

間違えずに、ダイヤモンドヘッド行きのバスにのることができた。
20170921-21.jpg

乗った後も、バスの位置は地図で確かめられるので、後どれ位で付くの
かわからないという不安もない。
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無事到着。
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今回の旅行では、Uber、Google Map、Dabusといったアプリを使えたおかげ
で、乗り間違えがなかった。

間違って乗るというのも旅の醍醐味の一つであったので、少し寂しくはある。



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[ 2017年10月03日 04:06 ] ハワイ | TB(-) | CM(2)

ホノルルでのストリップ見学

今回の旅行は、おっさん2人でいってきた。

ハワイの真珠湾の見学という社会科見学がメインではあったが、夜は暇で
ある。

おっさん2人が企てることというと、相場が決まっていて、食事かエロかで
ある。

今回は、エロを選んだ。

エロと言っても、一線を超えたエロではなく、健全なエロ、ストリップである。

ホノルルの繁華街からほど近いところに、そのストリップ劇場はあった。

Hawaii By Nightという店。
20170921-12.jpg

ストリップをやるところはハワイに数カ所あり、車の送迎などが必要で、
かつ、治安も悪い場所にあるのだが、ここだけは治安の良い繁華街に
ある。

歩いている人も普通の人が多い。

といっても、ガラの悪そうなのは何人か見かける。

もろ、日本語でストリップショーと書いている。
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受付で25ドル払うと、「ハワイの帝王17」というスタンプを押してくれる。
20170921-14.jpg

このスタンプを押していると、再入場可能になる。

25ドルの中には飲み物2杯分がついており、ビールをいっぱいもらって中に
入る。

ストリップ劇場なので、中はもちろん撮影禁止。図で説明すると以下のように
なっている。
20170921-16.jpg

我々は上の図の赤い部分に座り、ストリッパーのダンスを楽しむ。

ストリッパーが自分の前に来たら1ドルをチップとして払う。

そうしていくうちにストリッパーはすべての服を脱ぎ全裸になる。

もちろん、あそこは丸見えである。

司会のおっさんが、「スキヤキ、スシ、オ○○コ」と盛り上げてくれるので、
我々も、ノリで1ドルを投げる。

他の客は1人で来ている人が多く、チップの渡し方や、ストリップの楽しみ
方など手慣れたものだった。

気に入ったストリッパーがいると、1曲分の長さのダンスを40ドルで、プライ
ベートダンス室で自分のために踊ってくれる。

プライベートダンス室は外から丸見えである。

何人かのおっさんは部屋に入っていたが、おっさんからは女性を触って
おらず、触ってはいけないことになっているようだった。

こうして、ハワイ初日の夜はふけていった。
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[ 2017年09月27日 04:33 ] ハワイ | TB(-) | CM(0)

ハワイへ出発 2017

一般的には、今日から3連休であるが、私はこれにさらに3日ぶつけて
6連休となっている。

出発は18:55と夜便になるが、空港には3時間ぐらい前に着くような感じ
で家を出ていくつもりである。

今日は若干寝不足状態なので、飛行機では十分に眠り、ハワイに着
いた朝7:25から行動ができるようにしたい。

到着後、ブレイク氏と落ち合うのは3時間後、アラモアナセンターの
センターステージのABCストアにしているが、ちゃんと落ち合うことが
できるだろうか。

仮に、落ち合えなかったときのことを想定して、15時にホテルのロビー
で待ち合わせるようにしておきたい。

昨日まで所属していた部署では、いろんなシステムから来るメールを
休みや旅行でも気にしていたのだが、それが無くなり、ハワイを十分に
満喫してくるつもりである。


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[ 2017年09月16日 04:22 ] ハワイ | TB(-) | CM(3)
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プロフィール

旅好きおやじの日記

Author:旅好きおやじの日記
職業はIT関係です。
趣味は海外旅行(22カ国制覇)、読書、資格取得です。
取得した資格は以下のとおりで、半分趣味のようになってます。

・情報処理
 ・ITストラテジスト
 ・システム監査
 ・プロジェクトマネージャ
 ・アプリケーションエンジニア
 ・テクニカルエンジニア(システム管理)
 ・テクニカルエンジニア(データベース)
 ・ネットワークスペシャリスト
 ・エンベデッドシステムスペシャリスト
 ・情報セキュリティアドミニストレータ
 ・情報処理一種
 ・情報処理2種
 ・情報セキュリティマネジメント
 ・ITパスポート
 ・情報処理安全確保支援士試験合格
・元PMP
・ITIL V3 Foundation
・Oracle Master Gold
・日商簿記1級
・建設業経理士1級
・英検2級

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