JR四日市駅とオンボロ商店街

三重県四日市市といえば、我々40代が小学校の社会の時間に「公害」
について習うとき「四日市ぜんそく」で有名である。

当時、公害の代表例として、水俣病、イタイイタイ病、第二水俣病(新潟
水俣病)、四日市ぜんそく習ったので、中部圏内に住んでいない人でも
聞いたことのある地名だろう。

そんな、四日市にめったに来られるものでもないので寄ってみることに
した。

津駅から伊勢鉄道で1時間ぐらいかけて四日市に向かった。
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四日市のコンビナートが見えてきた。
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工場からのばい煙がすごいが、これはほとんど水蒸気である。

公害がひどかった1960年代には、この煙に二酸化硫黄が多く含まれ、
50代の住民の10%以上が発病したと言われている。

四日市駅に到着。
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日石のタンクレッシャーを見ながら、少し離れた駅舎に行く。
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小入道レンタルサイクル。
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四日市ではこの小入道というのが有名らしく、地元のお祭の出し物として
街中を練り歩くらしい。

四日市駅を出る。
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駅を出てすぐ右に曲がるとハローワークがある。
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共産党やら社民党やら、探偵事務所のポスターやらと、地域の特徴が
ひと目で分かる一角。
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探偵というのは、浮気調査とか身元調査、人探しなど、普通の生活を
している限り関わることもない。

やはり、問題がありそうな人の多そうな街に貼られる傾向がどうしてもある。

しかし、今の段階で駅徒歩1分圏内なのだが半端ない寂れようである。

三重県というのは近鉄王国である。

近鉄とJRが並走しており、同じ駅舎を共用している駅も多い。

近鉄の駅はそこそこ栄えているのだが、近鉄とJRの駅が離れている四日市
の場合、JR側の寂れ用は半端がない。

四日市も近鉄とJRで1km離れているためこの寂れようなのである。

きっちんケミア。
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今回の目的地であるバラック商店街を見に来る物好きが立ち寄ると言われる
食堂である。
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腹も減っていないので、そのままバラック商店街、三和商店街に向かった。

これがその三和商店街。「明るい商店街」と入り口に書かれている。
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アーケードから太陽光がさしており、たしかに明るい商店街である。
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屋根が剥がれており、傘を指しながら商店街を歩く。
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この辺は暗い商店街。
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しかし、この崩れようは半端ない。
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たしか、神戸の長田でこういう商店街に行ったこともあるが、あちらは阪神
大震災で崩れたのに対し、こちら東海地方は此処最近地震もないのに、この
崩れよう。

今、ここで地震が来たら、完全に建物の下敷きになり死にそうである。
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太陽光がさし、本当に明るい。
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完全に廃れたわけではなく、看板がわりと手入れされていたりする。
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こんなところに用もないのにうろついていると、因縁をつけられそうである。
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そう思ったら、怖くなり、商店街を後にする。
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最後に政党名がくり抜かれた岡田克也のポスターを見ながら、「貧すれば鈍する」
ということわざを、口ずさみ四日市に戻る旅好きおやじであった。

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[ 2018年01月22日 04:11 ] 三重県 | TB(-) | CM(0)

津と大門商店街

松坂城に行った後、せっかくなので三重県の県庁所在地である津にも
行ってきた。

日本一短い名前の街の津駅で降りる。
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どっかの外人が、津の駅名プレートは遠くから見ると「?」に見えるので
ふざけた駅だと言っていたが、そう言われるとそのように見える。

日本だけではなく、世界でも一番短い町の名前にしようと、英字表記
を「Tsu」ではなく「Z」にしようという運動もあったようだが、Zとい
のはそれ単独では発音しないというクレームが外国人から入り、運動
は下火になったという。

津駅を降りると、タクシーの向こうに日本共産党の街宣カーがあった。
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津駅を後にし、今回の目的地「大門商店街」を目指すことにした。
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共産党の街宣カーあるところに、警察のバスが有り。
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向こうの方に警察バスが見える。

右翼からの攻撃がないように警護しなければならない。
警察の皆さんお疲れ様です。

目的の大門商店街は、津駅から徒歩25分と、かなり離れた場所にある。
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雨の中ひたすら大門を目指す。
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川を渡る。川には雨対策として土嚢が積まれていた。
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途中、「朝日屋」という松阪牛の肉屋があったのだが、周りの寂れた
雰囲気とは違い、かなり客が繁盛していた。
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地元民の会話を聞いてみると、年末などは大行列ができる名店らしい。

五重塔のようなものが見えてきた。
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この寺は津観音といって、東京の浅草観音や名古屋の大須観音と並んで、
日本三大観音の一つなのだが、寂れようが半端ない。
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目的の大門商店街。
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狭き門の飲食店街に勇気を振り絞って入ってみる。
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昭和臭がプンプンする飲み屋街のようである。
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うちの父親なんかも最寄り駅のスナックによく行っていたが、まさにこんな
感じの雰囲気であった。
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RCという看板の下に「桂米朝」「桂枝雀」とわけのわからん落書きがあった。
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まだ昼間なので、どこも開いていなかった。
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フィリピンと日本の国旗が見える。フィリピンパブだろう。
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歌声サロン。まりりん。杉田かおるのようなポスター。
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歌声サロンて、昭和30年代か。

「まりりんだってアイドル」。なんだそりゃ。自主制作レコードか何かなのだろう。
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お買い物飲食は大門商店街と書いているがどこも開いていなかった。
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大門スチームセンター。
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その昔、伊勢街道沿いにあるこの一帯は結構栄えており、1936年(昭和11年)に
大門百貨店として建てられた鉄筋コンクリート4階建てのビルである。

その後、1955年(昭和30年)に松菱百貨店、1963年(昭和38年)にパチンコ店
となり、1階がパチンコ屋、二階より上が大門スチームセンターとなった。

スチームセンターというのは昭和30年代の呼び名で、今で言うサウナなのだろう。

その後、スチームセンターは潰れパチンコ屋だけは存続していたが、
それも2005年には廃業したという。

大門商店街の隣には、「だいたてアーケード街」という商店街があるが、
こちらもシャッター通りの寂れよう。

この商店街には老舗和菓子店「とらや本店」とか名古屋めしで有名な「天むす」
もこの大門が発祥だとか。

そんな中、「江戸時代のカステヒラ」という気になる文字が目に入った。
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江戸時代の文献をもとに、白砂糖を使わずサトウキビの汁で作ったカステヒラは
通販でも結構有名なようである。

私もお土産に買って帰ったが、甘さ控えめでなかなか美味しかった。


大門地区を散歩した後は、寒くて雨も降っていたのでバスで帰ってきた。

すると、津駅周辺には黒山の人だかりができていた。

何かと思い見ると、さきほどの共産党の街宣カーで共産党員たちが演説を
していた。
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松阪でも感じたが、ここ津も日本三大観音があり、戦前から栄えた
大門地区などもあったが、平成も30年となり完全に寂れた街に
なってしまった。

そんな寂れた街だからこそ、弱者の味方を装う共産党は人気が出る
のかもしれない。

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[ 2018年01月19日 04:17 ] 三重県 | TB(-) | CM(0)

三井家発祥の地

三井グループといったら、三井不動産や三井造船といった三井を冠する
企業や、三井住友フィナンシャルグループ、王子製紙、サッポロビール、
東芝とか東レ、はたまたトヨタ自動車なども関係する一大財閥である。

そんな三井家は、戦前には日本最大の財閥として君臨したが、戦後の財
閥解体後、三菱グループ、住友グループに比べ再結成が出遅れたりして、
三番手のようなイメージがあるが、日本が誇る企業グループにはかわり
はない。

そんな三井家は、江戸時代の松阪商人にルーツがあるという。

近鉄の松阪駅で降りる。
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三重県の駅というのは、近鉄とJRが並走しているため主要駅の構内が
やたらと広い。
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松阪駅。
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街を歩くと「ベルタウン」という商店が見える。
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先の松坂城の記事でも書いたが、松阪には本居宣長という古事記伝を
編纂した医師兼国学者がおり、その宣長が鈴をこよなく愛したことに
由来しているという。

その三井発祥の地に向かう。
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でも、このベルタウンというのが松阪の駅前商店街で存在感を放っており
やはりきになるのでちょっと覗いてみることにした。
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昼も10時を過ぎているのにエスカレータさえ稼働していない。
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商店街の裏に回るとまた商店街があったが、ご覧の通りシャッター通り
だった。
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三井家発祥の地に差し掛かる。
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松阪商人の館という博物館に入る。有料である。
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館の中
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この館は、江戸で紙や木綿を手びろく商いしていた豪商、小津清左衛門の
邸宅である。


中は2階建てになっており、松阪商人にまつわる展示物が展示されていたが
写真撮影禁止なので、お見せできない。

写真撮影可能なところには長者番付が置いていた。
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序列の上の方にオレンジのマーカで書かれているのが小津家。

下にあるのが三井家である。

次に小津家から100mほど離れた場所にある三井家の遺構に移動。
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何か書かれている。
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三井家はの祖である三井高俊が武士を廃業して、松阪に質屋兼酒屋で、
屋号「越後屋」という店を開く。

その後、高俊の四男高利が江戸で呉服屋の越後屋を開く。

この呉服屋は後の三越になる。

また、同じく両替商も開業する。

当時は江戸では金と銅が流通し、大坂では銀が流通しており、これらの
両替のレートは変動していたので、両替商というものが必要だったので
ある。

この両替商は、時代を経て三井住友銀行となる。

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そんな、三井家発祥の地、松阪商人の町も、今は寂れた商店街が
駅前にある寂しい街になってしまった。




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[ 2018年01月17日 04:29 ] 三重県 | TB(-) | CM(0)

日本100名城訪問記 その53(松坂城 2018/01/08)

日本100名城、53番目の訪問は松阪城である。

2018年に入って初めての100名城めぐりであり、5ヶ月ぶりの100名城で
ある。

現在の地名は「松阪」となっているが、過去は「松坂」だったらしい。

どこかで聞いたことがあるようなと思う人もいると思う。

そう「大阪」と同じなのである。

大阪も、元々「大坂」だったのが「大阪」に変わったのだが、松坂も、
大坂が大阪に変わるのに伴い、松阪と字が変わったのである。

さて、その松坂城の最寄り駅は近鉄の松阪駅となる。
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駅前にはタクシーが沢山横付けされており、割りと栄えた感じだった。
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鈴のオブジェがでんと飾っている。何か鈴と関係のある土地なのだろうか。
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商店街の名前も「ベル」と鈴に関係している。
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駅から松坂城までは10分程度歩く。
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松坂城址に到着。
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わりと石垣がそのまま現存している。
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松坂城は秀吉の配下の文武両道の将である蒲生氏郷が築城した城であるが、
1644年に台風により天守が倒壊したあとは天守台のみが残り、二の丸に
紀州藩の陣屋(役所のこと)が建てられ、そのまま明治維新を迎えたという。

明治の廃藩置県による廃城後、失火してしまい二の丸御殿も消失したという。

城の中に歴史民俗博物館があるが、後回しにして本丸跡に向かった。
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石垣を登る。
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本丸跡。
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こちらは天守閣があった場所。
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歴史民俗博物館に入る。100円取られる。
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久しぶりのスタンプゲット。
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歴史民俗博物館には、江戸時代綿織物の一大産地として繁盛した松坂の
織り機などが展示されていた。
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次に、本居宣長記念館というところにも行った。
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先程のところとは別料金で400円取られる。

本居宣長という名前は日本史でも習うので覚えていたが、何をした人なのか
全く覚えていなかった。

日本最古の歴史書「古事記」を35年かけて「古事記伝」という44巻の書にまと
め上げた人物であるという。
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また、本居宣長の家は鈴屋と呼ばれ、別の場所にあったが、現在は松坂城に
展示されている。
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本居宣長は鈴をこよなく愛し、勉学で疲れきったときにその音色を聞いて、
再び学問に励んだと言われている。
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それで、駅のあちこちに鈴の由来の店とかオブジェとかがあったのかと
思いながら、城から出る旅好きおやじであった。

松坂城
別名松阪城
城郭構造連郭式平山城
天守構造連結式3重5階
築城主蒲生氏郷
築城年1588年(天正16年)
主な改修者古田重勝
主な城主蒲生氏郷、服部一忠、古田重勝
廃城年1871年(明治4年)
遺構天守台、本丸、二の丸、石垣等多数残る
指定文化財
国指定の史跡
再建造物石垣修復
位置三重県松阪市(北緯34度34分33.2秒 東経136度31分32.6秒)
交通手段JR紀勢本線、近鉄山田線「松坂駅」から徒歩15分
スタンプ松阪市立歴史民俗資料館、本居宣長記念館



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[ 2018年01月14日 03:48 ] 三重県 | TB(-) | CM(0)

日本100名城訪問記 その37(上野城 2017/05/05)

日本100名城、37番目の訪問は上野城である。

織田信長が足利義昭を奉じて入京し、浅井朝倉を滅ぼし、武田氏の勢力を長篠
の戦いで削ぎ、北の脅威だった上杉謙信が死没した1578年の時点で、畿内には
まだまだ敵対勢力があった。

本願寺等の一向宗と伊賀国である。

伊賀忍者たちは戦国大名に支配されず、外部からの侵略に対しては結束して戦い、
織田信長が伊賀国を支配するために送り込んだ奉行を追放してしまった。
その報復として攻めてきた織田軍を追い払う。(第一次天正伊賀の乱)

その後、大軍で攻めてきた信長に対し、徹底的に抵抗したため、伊賀にいた9万人
の人口のうち約3割となる3万人が殺害されたと言われている。
(第二次天正伊賀の乱)

本能寺の変で織田信長が死んだあと、秀吉配下の筒井定次がこの地に奉じられ
築城したのが、この上野城である。

天正伊賀の乱を題材にし伊賀忍者を主人公とした「伊忍道 打倒信長」という信
長を悪役としたゲームが私が大学の時代に発売され、プレイしたことが懐かしく
思い出される。

JR伊賀上野駅に到着。
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伊賀上野駅から伊賀鉄道に乗り上野市駅で降りるのがスタンダードな行き方で
あるが、時間が合わなかったのでバスで向かった。
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バスもそう頻繁に来るわけではなく20分程待った。
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バスで7分ほど公園東口のバス停で降りる。
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その辺を歩いているおばちゃんも忍者装束。
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忍者博物館も公園内にあり、ファミリーで行くと楽しいと思う。
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公園入り口。
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平坦な道を歩いて行く。
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ゴールデンウイークに行った城巡りの中では一番楽な部類である。

天守閣と忍者博物館で分岐になっている。
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天守閣が見えてきた。
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上野城。
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チケットを購入。
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チケットは500円。展示物の量の割には割高である。
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スタンプゲット。
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藤堂高虎像。
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徳川の世になって家康の命を負ってこの城を拡張したのがこの高虎になる。

高虎の前の城主だった筒井定次は関ヶ原で東軍に属し所領は安堵されたが、
1608年に突如改易されてしまう。

伊賀で悪政をしいていたためとも、豊臣恩顧の大名が大坂近郊の要地を支配
していたためとも言われている。

武具や具足。
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木造の階段、
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上野城は昭和10年に再建された。これが戦後の再建なら鉄筋コンクリートに
なりそうだが、戦前に再建されたので階段も木造で戦国時代に近いものがある。

天守閣からの眺め。
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日本一といわれてきた高さ約30mの石垣。(実際には大坂城が最も高い)
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確かに、下を見るとかなり高く、間違って落ちそうである。


上野城データ
別名白鳳城、伊賀上野城
城郭構造梯郭式山城
天守構造
不明5重(完成間近に倒壊)、層塔型3層3階(模擬、木造・1935年築)
築城主筒井定次
築城年天正13年(1585年)
主な改修者筒井定次、藤堂高虎
主な城主服部氏、仁木氏、筒井定次、脇坂安治、藤堂氏
廃城年明治4年(1871年)
遺構石垣、堀、武具蔵
指定文化財
国の史跡、俳聖殿(国の重要文化財)、天守は伊賀市指定有形文化財
再建造物
天守(模擬、木造)
位置三重県伊賀市(北緯34度46分12.51秒 東経136度7分37.71秒)
交通手段JR伊賀上野駅からバスで7分、または、伊賀鉄道上野市駅から徒歩8分
スタンプ上野城大天守閣1階(休館日12/29~31)



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[ 2017年06月02日 04:17 ] 三重県 | TB(-) | CM(0)

渡鹿野島上陸記(後編)

ギャラリー・カモメを後にして、島の散策をする。

ワイズ。Y'sと書いているとイース(30年前ぐらい前のPCゲーム)と読んでしまう。
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スナックのようだが中を見るともう廃業してしまっているようである。

プロパンガスのガスチューブ。
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渡鹿野島は離島なので都市ガスのようなパイプが通っているわけではなく
プロパンガスを使うのだが、そのプロパンガスのボンベも置いていない。

全盛期にはかなり繁盛していたのだと思わせる。


水道も井戸である。
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津田式の手押しポンプ。
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ちなみに津田式ポンプ製作所が倒産したのは昭和45年であるが、別の会社が
意匠を継承している。

コミュニティー広場には子供用の滑り台がある。
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この島の人口は約270人で、島に住む子供は15人らしいので、遊び放題では
ある。

ギャラリーカモメの子供はそのうちの2名ということであろう。


道も一応整備されている。
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犬の放し飼いのない街
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まあ島もそんなに広いわけではないので、そうなのだろう。

みんなの声を入れるポストがあるが、これは住民用のものなのだろうか。
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この島にはやたら歩きタバコに関する警告があった。
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わりと整備されている。この辺りには観光客も来るようである。
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海の近くのホテル。1人2~3万と結構な値段をとられるようである。
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ホテルから更に歩くと、喪黒福造の人形が。
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こちらには水戸黄門と助さん格さん。
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卑猥な置物かと思ったが、ロボットの頭のようである。
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アンパンマンのキャラ。
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島に上陸した時にみた帰ると同じく丸いボールで作られたオブジェが
所狭しと並んでいた。

浮きか何か使わなくなったもので作った人形のようである。
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ここにもタバコの警告が。
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特にもう見るものはなく、帰りの船を待つことにした。
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船に乗り込む。
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向こう岸に到着。
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バスを待って、鵜方駅に戻った。
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我々が帰った後、この島ではひっそりと、外国人のギャルを買うおやじが
現れたとかいないとか。


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[ 2015年12月02日 04:19 ] 三重県 | TB(-) | CM(0)

渡鹿野島上陸記(前編)

2016年のサミットの開催地に決まった志摩市であるが、ここのところ外国
のテロのニュースの影響で、サミットは大丈夫かという話になっている。

そんなニュースを横目で見ながら、今年1年の写真データを整理しようと
していたところ、ゴールデンウィークに行った三重県の鳥羽市にある渡鹿
野島の写真が出てきた。

ホームページの旅行記で簡単には触れていたが、まだまだ書き足りない
こともあるので、ブログで紹介したい。

名古屋や大阪方面からくる人であれば、渡鹿野島はお伊勢さんより更に
向こうの方にある、志摩の鵜方駅というところで降りる。
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ここまで来るには近鉄特急を使わないと、なかなか辿りつけない。
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全国的な知名度としたら、志摩スペイン村が有名であるが、関東方面で
は特にCMとかもされているわけではないので、関西や名古屋の人が行く
テーマパークなのだろう。
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霧雨が降る中、志摩スペイン村ではなくタクシーで渡鹿野島へ向かった。
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渡鹿野島へ向かう船着場。
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熟年の夫婦とブレイク氏と旅好きおやじがこの船に乗り込んだ。
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カネを払うブレイク氏。
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観光的な渡し船ではなく、生活の足のようなもので味気がない。
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渡鹿野島の地図。
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渡し船の料金は昼間は180円。
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渡鹿野島に到着。
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渡鹿野島の立体模型が手入れされておらず、かなり寂れた雰囲気となっている。
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カエルのオブジェがお出迎え。
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なぜかユンケルの自動販売機がある。
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渡鹿野島と聞いてピンときた人は、かなりなマニアックな人間である。

江戸時代、江戸と大坂を連絡する菱垣廻船や樽廻船が増え、船乗りの男ども
が増えると、その相手をする遊女も集まり、遊郭街として栄えたと言われて
いる。

20世紀まで売春島としてその名を轟かせていたのだが、2000年代に行政機関
などから抗議を受け、売春産業は廃れてしまったという。

今でも、夜にいけばそういう人達はいるということだが、昼間には全く見当た
らなかった。

ギャラリーカモメ。
20150504-29.jpg

渡鹿野島のホームページを見ると、2014年11月にオープンしたといわれており
島民とも交流できありのままの渡鹿野島を知ることができるという。

渡鹿野島の歴史を伝える写真。
20150504-64.jpg

島民はこの子供たちがいたが特に交流したわけではない。
20150504-30.jpg

(後編へ続く)

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[ 2015年12月01日 04:25 ] 三重県 | TB(-) | CM(2)

お伊勢さん参り

今年の初詣はお伊勢さんにいった。

伊勢市駅で降り、外宮の各宮をお参りした。
外宮でお神酒をもらうために並ぶが、非常に神秘的な目をした巫女さんだった。
(残念ながら肖像権の関係でお見せできず)



その後、バスで内宮に向かい、おかげ横丁で赤福本店を見たり、ハイカラと
いう言葉が似合う洋食屋でエビフライを食べた後内宮に入った。




メインの正宮にお参りするまで、1時間程度ならんだか。
行列は鳥居をくぐる列と脇からお参りする列に分かれていたが、鳥居を
くぐる列は殆ど動いていなかった。
お参りをするのに同じ程度の時間のはずなのに何でこんな差がでるのか
また新たに疑問を持って今年1年が始まるのだった。



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[ 2011年01月01日 23:13 ] 三重県 | TB(-) | CM(0)
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プロフィール

旅好きおやじの日記

Author:旅好きおやじの日記
職業はIT関係です。
趣味は海外旅行(22カ国制覇)、読書、資格取得です。
取得した資格は以下のとおりで、半分趣味のようになってます。

・情報処理
 ・ITストラテジスト
 ・システム監査
 ・プロジェクトマネージャ
 ・アプリケーションエンジニア
 ・テクニカルエンジニア(システム管理)
 ・テクニカルエンジニア(データベース)
 ・ネットワークスペシャリスト
 ・エンベデッドシステムスペシャリスト
 ・情報セキュリティアドミニストレータ
 ・情報処理一種
 ・情報処理2種
 ・情報セキュリティマネジメント
 ・ITパスポート
 ・情報処理安全確保支援士試験合格
・元PMP
・ITIL V3 Foundation
・Oracle Master Gold
・日商簿記1級
・建設業経理士1級
・英検2級

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