日本100名城訪問記 その37(上野城 2017/05/05)

日本100名城、37番目の訪問は上野城である。

織田信長が足利義昭を奉じて入京し、浅井朝倉を滅ぼし、武田氏の勢力を長篠
の戦いで削ぎ、北の脅威だった上杉謙信が死没した1578年の時点で、畿内には
まだまだ敵対勢力があった。

本願寺等の一向宗と伊賀国である。

伊賀忍者たちは戦国大名に支配されず、外部からの侵略に対しては結束して戦い、
織田信長が伊賀国を支配するために送り込んだ奉行を追放してしまった。
その報復として攻めてきた織田軍を追い払う。(第一次天正伊賀の乱)

その後、大軍で攻めてきた信長に対し、徹底的に抵抗したため、伊賀にいた9万人
の人口のうち約3割となる3万人が殺害されたと言われている。
(第二次天正伊賀の乱)

本能寺の変で織田信長が死んだあと、秀吉配下の筒井定次がこの地に奉じられ
築城したのが、この上野城である。

天正伊賀の乱を題材にし伊賀忍者を主人公とした「伊忍道 打倒信長」という信
長を悪役としたゲームが私が大学の時代に発売され、プレイしたことが懐かしく
思い出される。

JR伊賀上野駅に到着。
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伊賀上野駅から伊賀鉄道に乗り上野市駅で降りるのがスタンダードな行き方で
あるが、時間が合わなかったのでバスで向かった。
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バスもそう頻繁に来るわけではなく20分程待った。
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バスで7分ほど公園東口のバス停で降りる。
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その辺を歩いているおばちゃんも忍者装束。
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忍者博物館も公園内にあり、ファミリーで行くと楽しいと思う。
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公園入り口。
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平坦な道を歩いて行く。
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ゴールデンウイークに行った城巡りの中では一番楽な部類である。

天守閣と忍者博物館で分岐になっている。
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天守閣が見えてきた。
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上野城。
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チケットを購入。
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チケットは500円。展示物の量の割には割高である。
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スタンプゲット。
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藤堂高虎像。
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徳川の世になって家康の命を負ってこの城を拡張したのがこの高虎になる。

高虎の前の城主だった筒井定次は関ヶ原で東軍に属し所領は安堵されたが、
1608年に突如改易されてしまう。

伊賀で悪政をしいていたためとも、豊臣恩顧の大名が大坂近郊の要地を支配
していたためとも言われている。

武具や具足。
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木造の階段、
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上野城は昭和10年に再建された。これが戦後の再建なら鉄筋コンクリートに
なりそうだが、戦前に再建されたので階段も木造で戦国時代に近いものがある。

天守閣からの眺め。
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日本一といわれてきた高さ約30mの石垣。(実際には大坂城が最も高い)
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確かに、下を見るとかなり高く、間違って落ちそうである。


上野城データ
別名白鳳城、伊賀上野城
城郭構造梯郭式山城
天守構造
不明5重(完成間近に倒壊)、層塔型3層3階(模擬、木造・1935年築)
築城主筒井定次
築城年天正13年(1585年)
主な改修者筒井定次、藤堂高虎
主な城主服部氏、仁木氏、筒井定次、脇坂安治、藤堂氏
廃城年明治4年(1871年)
遺構石垣、堀、武具蔵
指定文化財
国の史跡、俳聖殿(国の重要文化財)、天守は伊賀市指定有形文化財
再建造物
天守(模擬、木造)
位置三重県伊賀市(北緯34度46分12.51秒 東経136度7分37.71秒)
交通手段JR伊賀上野駅からバスで7分、または、伊賀鉄道上野市駅から徒歩8分
スタンプ上野城大天守閣1階(休館日12/29~31)



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[ 2017年06月02日 04:17 ] 三重県 | TB(-) | CM(0)

渡鹿野島上陸記(後編)

ギャラリー・カモメを後にして、島の散策をする。

ワイズ。Y'sと書いているとイース(30年前ぐらい前のPCゲーム)と読んでしまう。
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スナックのようだが中を見るともう廃業してしまっているようである。

プロパンガスのガスチューブ。
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渡鹿野島は離島なので都市ガスのようなパイプが通っているわけではなく
プロパンガスを使うのだが、そのプロパンガスのボンベも置いていない。

全盛期にはかなり繁盛していたのだと思わせる。


水道も井戸である。
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津田式の手押しポンプ。
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ちなみに津田式ポンプ製作所が倒産したのは昭和45年であるが、別の会社が
意匠を継承している。

コミュニティー広場には子供用の滑り台がある。
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この島の人口は約270人で、島に住む子供は15人らしいので、遊び放題では
ある。

ギャラリーカモメの子供はそのうちの2名ということであろう。


道も一応整備されている。
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犬の放し飼いのない街
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まあ島もそんなに広いわけではないので、そうなのだろう。

みんなの声を入れるポストがあるが、これは住民用のものなのだろうか。
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この島にはやたら歩きタバコに関する警告があった。
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わりと整備されている。この辺りには観光客も来るようである。
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海の近くのホテル。1人2~3万と結構な値段をとられるようである。
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ホテルから更に歩くと、喪黒福造の人形が。
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こちらには水戸黄門と助さん格さん。
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卑猥な置物かと思ったが、ロボットの頭のようである。
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アンパンマンのキャラ。
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島に上陸した時にみた帰ると同じく丸いボールで作られたオブジェが
所狭しと並んでいた。

浮きか何か使わなくなったもので作った人形のようである。
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ここにもタバコの警告が。
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特にもう見るものはなく、帰りの船を待つことにした。
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船に乗り込む。
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向こう岸に到着。
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バスを待って、鵜方駅に戻った。
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我々が帰った後、この島ではひっそりと、外国人のギャルを買うおやじが
現れたとかいないとか。


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[ 2015年12月02日 04:19 ] 三重県 | TB(-) | CM(0)

渡鹿野島上陸記(前編)

2016年のサミットの開催地に決まった志摩市であるが、ここのところ外国
のテロのニュースの影響で、サミットは大丈夫かという話になっている。

そんなニュースを横目で見ながら、今年1年の写真データを整理しようと
していたところ、ゴールデンウィークに行った三重県の鳥羽市にある渡鹿
野島の写真が出てきた。

ホームページの旅行記で簡単には触れていたが、まだまだ書き足りない
こともあるので、ブログで紹介したい。

名古屋や大阪方面からくる人であれば、渡鹿野島はお伊勢さんより更に
向こうの方にある、志摩の鵜方駅というところで降りる。
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ここまで来るには近鉄特急を使わないと、なかなか辿りつけない。
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全国的な知名度としたら、志摩スペイン村が有名であるが、関東方面で
は特にCMとかもされているわけではないので、関西や名古屋の人が行く
テーマパークなのだろう。
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霧雨が降る中、志摩スペイン村ではなくタクシーで渡鹿野島へ向かった。
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渡鹿野島へ向かう船着場。
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熟年の夫婦とブレイク氏と旅好きおやじがこの船に乗り込んだ。
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カネを払うブレイク氏。
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観光的な渡し船ではなく、生活の足のようなもので味気がない。
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渡鹿野島の地図。
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渡し船の料金は昼間は180円。
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渡鹿野島に到着。
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渡鹿野島の立体模型が手入れされておらず、かなり寂れた雰囲気となっている。
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カエルのオブジェがお出迎え。
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なぜかユンケルの自動販売機がある。
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渡鹿野島と聞いてピンときた人は、かなりなマニアックな人間である。

江戸時代、江戸と大坂を連絡する菱垣廻船や樽廻船が増え、船乗りの男ども
が増えると、その相手をする遊女も集まり、遊郭街として栄えたと言われて
いる。

20世紀まで売春島としてその名を轟かせていたのだが、2000年代に行政機関
などから抗議を受け、売春産業は廃れてしまったという。

今でも、夜にいけばそういう人達はいるということだが、昼間には全く見当た
らなかった。

ギャラリーカモメ。
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渡鹿野島のホームページを見ると、2014年11月にオープンしたといわれており
島民とも交流できありのままの渡鹿野島を知ることができるという。

渡鹿野島の歴史を伝える写真。
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島民はこの子供たちがいたが特に交流したわけではない。
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(後編へ続く)

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[ 2015年12月01日 04:25 ] 三重県 | TB(-) | CM(2)

お伊勢さん参り

今年の初詣はお伊勢さんにいった。

伊勢市駅で降り、外宮の各宮をお参りした。
外宮でお神酒をもらうために並ぶが、非常に神秘的な目をした巫女さんだった。
(残念ながら肖像権の関係でお見せできず)



その後、バスで内宮に向かい、おかげ横丁で赤福本店を見たり、ハイカラと
いう言葉が似合う洋食屋でエビフライを食べた後内宮に入った。




メインの正宮にお参りするまで、1時間程度ならんだか。
行列は鳥居をくぐる列と脇からお参りする列に分かれていたが、鳥居を
くぐる列は殆ど動いていなかった。
お参りをするのに同じ程度の時間のはずなのに何でこんな差がでるのか
また新たに疑問を持って今年1年が始まるのだった。



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[ 2011年01月01日 23:13 ] 三重県 | TB(-) | CM(0)
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プロフィール

旅好きおやじの日記

Author:旅好きおやじの日記
職業はIT関係です。
趣味は海外旅行(22カ国制覇)、読書、資格取得です。
取得した資格は以下のとおりで、半分趣味のようになってます。

・情報処理
 ・ITストラテジスト
 ・システム監査
 ・プロジェクトマネージャ
 ・アプリケーションエンジニア
 ・テクニカルエンジニア(システム管理)
 ・テクニカルエンジニア(データベース)
 ・ネットワークスペシャリスト
 ・エンベデッドシステムスペシャリスト
 ・情報セキュリティアドミニストレータ
 ・情報処理一種
 ・情報処理2種
 ・情報セキュリティマネジメント
 ・ITパスポート
・元PMP
・ITIL V3 Foundation
・Oracle Master Gold
・日商簿記1級
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