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日本100名城訪問記 その33(和歌山城 2017/02/26)

日本100名城、33番目の訪問は和歌山城である。

和歌山城は豊臣秀吉の弟である秀長の城であったが、関が原の戦いの後、
一時期浅野氏という大名の居城となり、最終的には紀州徳川家の城となった。

徳川家は家康の跡取りの秀忠以外に、9男、10男、11男に分家として、それぞれ
尾張徳川家、紀州徳川家、水戸徳川家という分家を継がせ、仮に秀忠の嫡流が
途絶えても、尾張徳川家、紀州徳川家から養子を出し将軍を継がせるということ
にしていたと言われている。

暴れん坊将軍で有名な吉宗も、紀州徳川家の人間であり、七代将軍で嫡流が途絶え
た後、吉宗が将軍家の養子となり、その後14代将軍まで紀州徳川家の血筋になった
という。

和歌山城には南海本線の和歌山市駅か、JRの和歌山駅で降りて歩ける距離にあるが、
南海本線の和歌山市のほうが和歌山城に近い。
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和歌山市駅の駅ビルはそこそこ大きいのだが、周りはかなり寂れていた。
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駅前には小規模な商店街があるが、それだけである。
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駅前の大通りをそのまま道なりに歩けば和歌山城に着く。
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城壁と天守閣が見えてきた。
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和歌山城の天守閣。
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堀之内側に入る。
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中庭に庭園もある。
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石垣。
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入場料は410円と若干高い。チケット売り場でスタンプも押すことができる。
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徳川家の城にしてはわりとこじんまりした城。
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この城は刀剣などの撮影はOKである。
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なぜか豊臣家の陣羽織。
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一番上の階。
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和歌山城天守閣から見た和歌山市の風景。
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城の展示物に松下幸之助の写真が多くあったが、松下幸之助は戦災で消失した
和歌山城の再建に対して最も寄付金を送った人物であったという。

松下幸之助は、「寄付をするので天守閣にナショナルの看板を掲げさせてほしい」
と冗談を交えて和歌山市に打診したという。


和歌山城データ
別名虎伏城、竹垣城
城郭構造梯郭式平山城
天守構造
連立式層塔型3重3階(1605年または1619年築・1850年再)
外観復元(1958年再)
築城主豊臣秀長
築城年1585年(天正13年)
主な改修者浅野幸長、徳川頼宣
主な城主豊臣氏、浅野氏、徳川氏
廃城年1871年(明治4年)
遺構門・塀、庭園、石垣、堀
指定文化財
国の重要文化財(岡口門・続塀)
国の史跡
国の名勝(西の丸庭園)
和歌山市文化財(追廻門)
再建造物
天守、櫓、門、橋
位置和歌山県和歌山市(北緯34度13分39.46秒 東経135度10分17.84秒)
交通手段南海本線「和歌山市駅」から徒歩約10分
スタンプ和歌山城天守閣チケット売り場



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[ 2017年04月07日 06:06 ] 和歌山県 | TB(-) | CM(0)

和歌山市駅から10kmほど歩いてみた その3(和歌山毒物カレー事件現場の今)

このブログの読者層は、恐らく、40~60代の方々だと想定している。

この年代の方々なら、約20年前にここ和歌山で何が起きたかと問われれば、
恐らく、和歌山毒物カレー事件のことを思い出すことができるだろう。

実際にあの夏から18年が経ち、日本中の皆さんは忘れているだろうが、
和歌山市の園部地区では、あれから夏祭りが開催されていないという。

そんな、和歌山市の園部地区に向かうことにしたのである。

和歌山県の北部には紀の川という川が流れており、和歌山市駅から
園部地区に行く場合、川を渡らなければならない。

紀の川大橋を渡る。
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水門などもあり、川の流れを調節できるようになっている。
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潮の香りが漂うのどかな田舎町といった感じの場所である。
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川を渡り切ると、園部地区に差し掛かる。
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昔ながらのレストランも、既に閉店していた。
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ディスプレイを見る限り、まだ閉店してそれほど時間は経っていないようではある。
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農道を用水路沿いに歩いて行く。
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くねくね曲がった道には、時折学習塾の送迎バスなどが走っていた。
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そろそろ林眞須美死刑囚の自宅のあった場所に差し掛かる。
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ここが、林眞須美死刑囚の自宅のあった場所。
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林眞須美死刑囚の逮捕後、自宅の塀には落書きがされる騒動があり、
さらに2000年には放火あい全焼したという。

週刊女性によると、その後林眞須美死刑囚の自宅跡地は自治会が買い取り、
悪いイメージを振り払うため、住民たちが手作業を植えて公園にしたという。
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(写真は週刊女性より)

地元住民が植えた花壇も、もう今となっては雑草の茂る空き地となってしまった。
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ただ、机とベンチがあり、ここでくつろげるようになってはいる。
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ただし、あの忌まわしい出来事があり、何人も亡くなっているのにその実行犯
が住んでいた場所で、くつろぐというのも難しい話であろう。

こちらは、毒物カレー事件の発生した現場。
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既に駐車場となっている。
当時この現場はもっと広い空き地だったが、両端には既に民家が立っていた。



日本中を震撼させた毒物カレー事件の首謀者林眞須美死刑囚は、戦後日本では
11人目の女性死刑囚となった。

その後、林眞須美は支援者で左翼活動家である釜ヶ崎地域合同労働組合委員長・
北大阪合同労働組合執行委員長と養子縁組しており、今は稲垣眞須美となって
いるという。

この事件で、4人もの尊い命が犠牲になっている。

また、状況証拠のみとはいえ、林眞須美以外にカレーにヒ素を入れた人間が
いると説明するのは無理がある。
恐らく実行犯は林眞須美だろうし、死刑判決が出たのだから、さっさと執行
しないというのもいかがなものかと思う。

後味が悪いまま、園部地区を去る旅好きおやじ一行であった。
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(完)

林眞須美逮捕時のニュース


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[ 2016年06月08日 04:49 ] 和歌山県 | TB(-) | CM(0)

和歌山市駅から10kmほど歩いてみた その2(傾いたラーメン屋・天王遊郭など)

ぶらくり丁界隈をぶらついたあとは、地盤沈下で斜めに傾きながらも営業
を続けている「中華そば まる豊」というラーメン屋で昼食をとろうということに
なり、歩いて向かうことにした。
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ぶらくり丁を過ぎると、昭和な佇まいの民家の中に駄菓子屋があるぐらいの街となる。
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目指す中華そばまる豊というラーメン屋は、JR西日本の紀勢線の向こう側にあるという。
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紀和駅。周りに何もない無人駅である。
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民家に温泉マークのようなネオンの看板の跡がある。
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一緒に旅していたブレイク氏によると、この温泉マークは銭湯とかではなく、
連れ込み旅館の印であるという。

まだ、ラブホテルがなかった1960年代には、若いカップルが愛しあう場と
して連れ込み旅館というものが流行ったというが、ラブホテルが全盛になり
次第に姿を消したという。

調べたところによると、この辺りに遊郭という、昔の赤線地帯があるという
ので、恐る恐る通ってみることにした。

これがその天王料理組合。
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怖いもの見たさで入っていく。
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昭和の頃の民宿のような建物が続くが、ほとんど閉まっていた。
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中には、何件か営業しているようで、中をみると中年太りしたおばさんが
2人おり、ジロッと睨まれてしまった。


遊郭の裏側。
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いつ地震で倒壊してもおかしくなさそうである。

天王料理組合を後にする。
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看板が半分剥がれているが、よく見ると左下にはがれた看板があり、
物悲しくなってくる。

さらにさらに歩く。
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ようやく、まる豊が見えてきた。
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腹も減ったし、どんなラーメンが出てくるか楽しみにしながら入ろうとすると…
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営業開始はPM5:00~
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となっていた。

現在は12時過ぎ。5時間も待つわけには行かないので別の場所を探すことにした。

仮設トイレ。
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夜の3時までやっているというから、恐らくトラック野郎たちが、
路肩にトラックを止めてここのラーメンを楽しんでいるのだろう。

最後に傾き具合を写真に収めてその場を去った。
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ここから、紀和駅まで行っても食べるところもない。

和歌山駅まで戻るのはかなりしんどい。

紀の川の対岸には、前世紀末に日本中を震撼させた事件が発生した
園部地区があるというので、力を振り絞って更に歩くことにした。
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(つづく)

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[ 2016年06月07日 04:09 ] 和歌山県 | TB(-) | CM(0)

和歌山市駅から10kmほど歩いてみた その1(ぶらくり丁編)

大阪に住んでいると、京都や兵庫にはちょくちょく行くことはあっても、
わざわざ和歌山まで行こうと考えることはない。

そういう意味では、奈良県や滋賀県も同じようなものだが、大仏やお寺
琵琶湖のあるこれら2県と比べても、やはり和歌山というのは存在感が
薄い。

そんな和歌山であるが、いろいろとDEEPな見どころもありそうなので、
南海本線でわざわざ見に行くことにしたのである。


南海本線の和歌山市駅に到着。
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和歌山市内で栄えているのは、駅前よりもぶらくり丁という商店街で
あるという。

ぶらくり丁は、駅から700mと少し離れた場所にある。
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駅を離れぶらくり丁に向かうことにした。
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駅前の商店街に入る。
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この和歌山は、徳川吉宗とか雑賀孫市ゆかりの街なので、歴史好きの人に
とっては、DEEPな探訪とはまた違う楽しみ方ができる街でもありそうだ。

薬局。
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最近はどこの街も、マツキヨとかウェルシアみたいな薬局ばかりになり、
このように目の絵とか、「ぢ」と書かれた薬局というのも見なくなった。

みかん一箱5000円。
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箱って2ダース?めちゃくちゃ高い。

通信販売の相場で言うと、10kg2,000円前後が相場であるので、
仮にみかん箱いっぱい5,000円としてもかなり高い。

高床式の交番。そういえば昔はこういう交番が大阪にもあったようななかったような。
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近くの小学校では運動会をやっていた。
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しばらく歩いてようやくぶらくり丁到着。
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商店街の看板の文字が彫刻刀で掘られたようになっていて趣がある。

ぶらくり丁の「ぶらくり」というのは紀州弁でぶら下げるという意味で、
商品を軒先にぶら下げている商店が並んでいたことからそう言われている
らしい。

まだ、朝11時前後ということもあり、空いている店もちらほら。
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ぶらくり丁は、ぶらくり丁、中ぶらくり丁、東ぶらくり丁、ぶらくり丁大通り、
北ぶらくり丁の6商店街の総称として知られ、その昔、和歌山城の城下町として
紀州藩を代表する繁華街、歓楽街として栄華を極め、全盛期には映画館も5館
以上ある一大歓楽街だったという。

半年前の映画、海難1890のポスターがまだ貼られていた。
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海難1890というと、トルコのエルトゥール号という船が和歌山沖で遭難し、
それを和歌山の人たちが助けたという、日本とトルコで知られている
美談を映画にしたものである。


かどの雑貨屋だから「かどや」。
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北ぶらくり丁。
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おもちゃ屋。一応営業はしているようだがこの日は閉まっていた。
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中ぶらくり丁。
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中ぶらくり丁はシャッター街になっていたが、そのシャッター街を
超えると、ソープ街があった。
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トルコ。
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昔、ソープランドのことを「トルコ風呂」と言っていたが、1984年のトルコ
人留学生きっかけになって「ソープランド」と改称され、それ以降日本では、
「トルコ風呂」は性風俗用語として用いられることは無くなったという。

エルトゥール号を助けたことでトルコとゆかりの深い和歌山で、
トルコのネオンがまだ残っているという歴史の皮肉を感じながら、
次に向かう旅好きおやじ一行であった。
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(つづく)


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[ 2016年06月06日 04:26 ] 和歌山県 | TB(-) | CM(0)

高野山世界遺産巡り

私が長期連休を利用して帰省したときに、友人(ぷりきっつあん、ブレイク氏)
の都合が合えば、昼頃に難波で待ち合わせし適当に街中をぶらぶらして遊ぶ。
遊んだ後は心斎橋のカプセルホテルに1泊し、次の日に映画を見て解散する
というのがお決まりのパターンだった。

ここ最近は、ぷりきっつあんが車を買ったということもあり、行動の幅が広がり
近県を旅行するようになった。

今年の夏は8/13,8/14に集まり、高野山でキャンプし、そこで宿泊することにし
ていたが、7月中旬にバンガローを予約しようとしたところ、どこも満員で予約が
取れなかったので、キャンプではなく世界遺産巡りをすることになった。

私は、大阪出身なので、近畿2府3県はそこそこの頻度で行くことはあるのだが、
和歌山には用事が無いので、生まれてこのかた1~2回ぐらいしか行ったことは
ない。 そういえば中2の時、気があい仲が良く好きだった女の子が和歌山に転
校したなあ。石橋さん(実名)は今頃どうしているだろうか。

1日目は、千代田駅に8時30分に集合する予定だったのだが、私とブレイク氏
8時10分到着に到着した。
するとぷりきっつあんの車は既に止まっていた。何でも7時頃には着いていた
らしい。

車の中では、近況や今日の行動予定、香港旅行の話やこのブログの話などで、
盛り上がり、あっというまに和歌山県高野山に到着した。


最初に、大門で降り適当に観光した後は、金剛峯寺の伽羅の中にある、金堂、
根本大塔、西塔などを見学した。


次に見学する場所として、「奥の院」という所に向かった。伽羅とは2km以上
離れたところにある。

奥の院へ向かう途中、ビルマ塔という建物があった。ビルマ塔の地下には、
照明が全くない、円状の順路になった地下道路があった。
暗くてまったく何も見えず、手すりを頼りに1分間あるいてみたが、感覚だけ
で歩くのはやはり怖かった。


食堂があったので、幕の内弁当があったので注文した。1,300円である。
高野山名物の胡麻豆腐が美味しかった。


腹ごしらえもできたので、再び奥の院に向かった。

途中、大名の墓があり、武田信玄・勝頼、伊達氏、北条氏、石田三成など、戦国中
期~後期の名だたる戦国武将の名前があった。
当時の真言宗が権威があったことを伺わせる。



奥の院に到着した。まずは複数の仏像に次々と水をかけるお清め?をした。


お清めの後、近くに弥勒石というものがあった。弥勒石は善人には軽く感じ、
悪人には重く感じると言われている。


私は片手で持ち上げることはできたが、重く感じた。
石は10kg前後だと思うのだが、手よりも2回りほど大きいのでなかなか持ち上
げることはできないようである。

その後、奥の院の奥にある御廟があるのだが、残念ながら聖域のため写真撮
影禁止だった。ここでは弘法大師の空海が今も瞑想をしていると言われている。

聖域で心を清めた後は、また2km以上戻って駐車場の近くにある、世界遺産の
金剛峯寺の本堂の写真をとったあと、高野山を後にした。


次に向かったのは、高野山から約40kmほど離れた龍神温泉に向かった。
龍神温泉は日本三大美人の湯であり、浸かってみるとお湯と肌が化学反応し
ているのか、肌がヌルヌルとしていた。


温泉に浸かったのはいいが、タオルを持ってきていなかったので、扇風機で10分
ほど自然乾燥し、さっぱりした後は、100km以上ある大阪への道のりを戻った。
(ぷりきっつあんお疲れさまでした)

高野山で歩き疲れたあとは、難波の風風亭で焼肉食べ放題(2,600円)で、腹
いっぱい食べた。


私が学生時代から使っているなかなかお気に入りの店である。
 
最後に、ブレイク氏が飲んだ分だけが、ちゃんと反映されているか確認しよ
うと店長とおぼしき人ににレシートを見せるように要求したところ、舌打ちし
ていたとのことである。

今回の帰省で、薄々感じていたことではあるが、大阪のサービス業の対応
は関東と比べ質が低いと感じてしまった。

腹いっぱい食べたせいもあり、宿泊先の心斎橋のカプセルホテルでは気持
ち悪くなり、友人よりも先に寝てしまった。


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[ 2011年08月15日 05:31 ] 和歌山県 | TB(-) | CM(4)

高野山でのキャンプ(提案)

今年の夏は、節電対策のため長期休暇がある。

大阪に帰省するのはもちろんだが、高野山に1泊2日のキャンプをしたいと考
えているのだが、ぷりっきっつあん、ブレイクさんいかがだろうか?

高野山といえば、小学校に遠足で言ったかどうかも覚えていない。
おそらく行っているとは思うが印象に残っていないぐらい、小学生の頃には興
味が無かった。

調べてみると、 金剛峯寺が世界遺産登録されたことに始まり、黄色い僧衣を
まとったお坊さんも見てみたいし、食べ物もウマそうである。

そして、ぷりきっつあんのホームページにあるバーベキューメニューを食べよう
としたら、一食ではきついような気がしている。

そうこう考えていると、泊まってみてはどうか?と思い調べてみた。
高野山には添付のような、ログハウスがあるようである。
 
 
http://www.wakayama.tv/detail/index_669.html


3人か、もしくはノボヨ=ニシカワを入れて4人になると思うので、第2ログハウス
に泊まることになる。

宿泊費は5000円で14時から翌日10時までで、1棟大人8人が泊まれるベット
タイプのログハウスのようで、
「バーベキュー棟」「シャワー・トイレ棟」「炊事棟」が併設されているので衣食住
には困らないと思う。

初日はキャンプ、2日目は世界遺産になった金剛峯寺で、仏教哲学に触れ
心を洗って、高野豆腐を食べて帰るというのはいかがだろうか?
OKであれば、早速ログハウスを予約してみたい。

金剛峯寺




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[ 2011年07月13日 03:37 ] 和歌山県 | TB(-) | CM(3)
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プロフィール

旅好きおやじの日記

Author:旅好きおやじの日記
職業はIT関係です。
趣味は海外旅行(21カ国制覇)、読書、資格取得です。
取得した資格は以下のとおりで、半分趣味のようになってます。
情報処理(ITストラテジスト,システム監査,プロジェクトマネージャ,アプリケーションエンジニア,テクニカルエンジニア(システム管理),テクニカルエンジニア(データベース),ネットワークスペシャリスト,セキュリティアドミニストレータ,1種,2種)、元PMP、ITIL V3 Foundation、Oracle Master Gold、日商簿記1級、建設業経理士1級、英検2級

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