ベルリンの壁 イーストサイドギャラリー(3/3)


日の丸と富士山と五重の塔(絵では四重であるが)壁の隙間から見える絵を発見。
20141122-96.jpg


隣を見てみると、「日本地区への迂回路」と書かれている。
20141122-97.jpg

この絵を制作したのは、トーマス・キリンゲンシュタインという東ドイツの人。

彼は東ドイツで日本について勉強していたのだが、当時の東ドイツから見ると
日本は敵国ということで、19歳のときに投獄され追放されたとのこと。
その後、幼年期の夢を実現させ日本に移ったそうである。

1990年にこの絵を描くためにドイツに戻ったとのことである。

(参考)Umleitung in den japanischen Sektor
http://muralguide.org/murals/berlin/umleitung-den-japanischen-sektor

日本モチーフに、反日はつきものである。「独島は韓国の地」と心無いことが書かれていた。
20141122-98.jpg


こちらは中国是台湾不可分割的一省。と関係のない主張まである。
20141122-99.jpg


下には

日本臣従中国
China is a part of Taiwan

と中傷合戦である。


絵美君はここまで着いたよ。といった便所の落書き的な落書きまである。
20141122-221.jpg

ときおり、このように芸術性の高い絵もある。
20141122-222.jpg


人形の絵。
20141122-100.jpg


ピカソのような絵。
20141122-101.jpg


人間とサル。
20141122-224.jpg


太陽のような爆弾のような、何かを訴えている絵。
20141122-225.jpg


人の顔にも見えたり、土下座して謝罪している人間にも見える絵。
20141122-226.jpg


もうそろそろ終点のようである。
20141122-227.jpg


インドネシアっぽい絵。
20141122-102.jpg


ベルリン、東京、ニューヨーク。これも何が言いたいのか意味不明。
20141122-103.jpg


核の炎に包まれた人間と言ったところか。残念なことにでかいちんこが付け足されているが。
20141122-104.jpg


立体的に見える。
20141122-228.jpg


近寄ってみると、実際に立体だった。
20141122-229.jpg


ベルリンの壁でいちばん有名な絵の前に来た。
20141122-105.jpg

ソ連のブレジネフと東ドイツのホーネッカーのキスである。
20141122-106.jpg


当時の東側はこのようにキスをして敵意はありませんと表したそうだが、
そうするとこのキスは国民たちの命がかかったキスでもあるのである。



野原に骸骨姿になった男と墓の絵。これも反戦を訴える絵だろうか。
20141122-107.jpg


奈落の底に陥る男。
20141122-108.jpg


アメリカ、イギリス、フランスの旗の隣に「チェックポイントチャーリー」とある。
20141122-109.jpg


チェックポイントチャーリーとは、東ベルリンと西ベルリンの境界線上に置かれて
いた国境検問所のことである。


ゴルバチョフも一緒にチェックポイントチャーリー通過?
20141122-110.jpg


ドイツ国旗とイスラエル国旗。
20141122-111.jpg


昔敵対していたドイツとユダヤ人が融合したとか、
イスラエルが今やっていることは、昔のドイツと同じことだとか、
いろんな解釈ができそうな絵である。


終点の絵。特にメッセージ性はなさそうである。
20141122-230.jpg


1.3kmにわたるイーストサイドギャラリーの端まで到達した。
20141122-231.jpg

ベルリンの壁。人間の作った負の歴史のモニュメントとして、今後もずっとこの地に残るのだろうか。
20141122-232.jpg


最後まで読んで頂きありがとうございます。こちらを押していただけると嬉しいです!!
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ
スポンサーサイト
[ 2018年03月16日 04:33 ] ドイツ | TB(-) | CM(0)

ベルリンの壁 イーストサイドギャラリー(2/3)

また、わけのわからん絵が出てきた。
20141122-90.jpg

作者の意図とは違うと思うが、自分なりに解釈してみた。

東ドイツでの生活に嫌気がさし、西側の華やかさに憧れる赤い服を着た
マリリンが、顔色の悪いアメリカの男に声をかけられる。

男は言った
「西側は楽しいよ。これから一緒にクラブに行かないか?」


西側クラブに入ると、きのこのDJや、ボトルの女、ビールを飲む成金おやじ
など、様々な個性の人間たちで賑わっていた。
20141122-91.jpg

楽しい夜を過ごしたマリリンは、もう東側は捨てて、西側に永住しようと思い
ました。



翌朝、マリリンが街に出てみると、ムチを持った金の亡者が悪知恵をもって
人々を働かせていました。
20141122-92.jpg

資本主義も、社会主義も、理想的な社会など無い。

結局自分を強く持たなきゃダメなのね。

とマリリンは街に消えていくのでした。


壁の間から、西側に流れる人々の図。
20141122-204.jpg


あまり芸術性のない絵。
20141122-205.jpg

こちらも同じく。そのへんのドキュソが描くレベルである。
20141122-206.jpg

同じくドキュソ落書き。
20141122-207.jpg

やっとまともなのが出てきた。
20141122-93.jpg

M
DD
CCC

何を意味するのだろうか?



倒れかけている背の高い人間の上に、太陽、電球、火を頭につけた3人の
人間が歩く。これも意味不明。
20141122-208.jpg

エジプトの壁画のような絵。
20141122-209.jpg


東ドイツの国民車、トラバントがベルリンの壁に突っ込むの図。
20141122-94.jpg


これも意味不明の絵。
20141122-210.jpg

まだまだ続く。
20141122-211.jpg

アメリカっぽいイラスト。
20141122-212.jpg

Berliner Mauer East Side Gallery。イーストギャラリーの表札。
20141122-213.jpg

わけのわからない抽象画。
20141122-214.jpg


ドイツの詩人、シラー、ゲーテと科学者のアインシュタイン。
20141122-215.jpg

街に出たら、商用に普通にありそうな絵。
20141122-216.jpg

ヤギみたいなロバみたいなモチーフの絵。
20141122-217.jpg

おっぱいと虹の用水路。堕落と公害がテーマなのか?
20141122-95.jpg

鳩と太陽。
20141122-218.jpg

ベルリンの壁を飛び越えるルパンと言ったところか?
20141122-219.jpg

坊主と壁。
20141122-220.jpg

政治色の強い絵があったり、全く意味不明な絵があったりするが、この辺
までは、意味不明の抽象画が多いという印象である。

つづく

最後まで読んで頂きありがとうございます。こちらを押していただけると嬉しいです!!
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ
[ 2018年03月15日 04:29 ] ドイツ | TB(-) | CM(0)

ベルリンの壁 イーストサイドギャラリー(1/3)

私が中高生の頃は、まだ、ドイツは西と東に分断されていた。

そのときは、アメリカを中心とする資本主義圏と、ソ連を中心とする共産
主義圏が世界を二分していたので、まさか、その壁が崩壊し、国が一つに
統一するなど夢にも思わなかった。

ベルリンの壁は1989年に崩壊した後、旧東ドイツ側の壁にはアーティスト
たちのメッセージが込められた「イーストサイドギャラリー」と名付けら
れた場所がある。

そのイーストサイドギャラリーは、Berlin Ostbahnhof(ベルリン東)駅
が最寄り駅になる。
20141122-193.jpg


ドイツの鉄道駅はこのようなアーチ状に吹き抜けになっている駅が多い。
20141122-194.jpg


ベルリン東駅構内。
20141122-195.jpg


うまそうなアイスが売られていた。
20141122-196.jpg

ちょっと見た後に、その場を離れるとアイス屋の店員に舌打ちと
ブーイングを浴びせられた。

ドイツ人は自国のサービスのことを「サービス砂漠」と自嘲気味に
言うことがあり、このようなサービスを受けるのが当たり前とのこと。

日本では絶対に考えられないことである。
大概のことに寛容な旅好きおやじも、こればかりはムカついた。
20141122-79.jpg


駅から横断歩道を渡るとすぐにイーストサイドギャラリーである。
20141122-80.jpg

イーストギャラリーの一番西側。
20141122-81.jpg


骸骨の不気味な絵。
20141122-82.jpg


お爺さんか、おばあさんかよくわからない性別不詳の絵を見ながら
ギャラリーを東に歩く。
20141122-197.jpg


ヒトラー・ユーゲントというナチスドイツの青少年教化組織の子どもたち。
20141122-83.jpg


ライオンの絵。アメリカナイズされた絵である。
20141122-84.jpg


壁の東と西の間に立つ女性。
20141122-85.jpg


人間のような鳩のような絵。人間の自由を訴えているのだろうか。
20141122-198.jpg



ここにも、壁の真ん中を背にして写真を撮る人たちがいた。
20141122-199.jpg


わけのわからない字。
20141122-200.jpg


さらにギャラリーを東に歩く。
20141122-201.jpg


衣服のチャックを開けるとOHLSTAND REIHE。意味不明な絵。
20141122-86.jpg


平和の鳩が囚人の鎖を引っ張るの図。
20141122-87.jpg


太陽と月?よくわからない絵が続く。
20141122-202.jpg


これもよくわからない絵だが、一番右はバックでセックスしている図だろうか?
20141122-203.jpg


パフォーマ。一緒に写真を撮るとチップをせがまれるだろう。
20141122-88.jpg


CURRICULUM VITATE(履歴書)という題で、1961年~1989年という
壁が存在した時期の西暦が描かれている。
20141122-89.jpg

年の大きさと、その周りにあるピンクの斑点は何を意味するのだろうか。

壁の存在していた期間は28年。

そして、ベルリンの壁崩壊の1989年から数えて今年で29年目。

ベルリンの壁があった期間よりも、崩壊した後の期間のほうが長くなった。

これからも、平和は続いてほしいものである。


つづく

最後まで読んで頂きありがとうございます。こちらを押していただけると嬉しいです!!
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ
[ 2018年03月14日 04:20 ] ドイツ | TB(-) | CM(0)

DDRミュージアム(旧東ドイツ博物館)

私が大学1年のとき、ベルリンの壁が崩壊した。

ベルリンの壁の崩壊前に、ポーランドやハンガリーで民主化が起き、もう
共産圏も長くはないなと思いつつも、東西分断の象徴であったベルリンの
壁が崩壊したのは、やはり衝撃だった。

冷戦時代、ベルリンの壁に分断された向こう側の世界はどうだったのか
というのは非常に興味深いものであり、その様子が垣間見える場所が
ベルリンに残っている。

DDR博物館である。

DDRはドイツ語でDeutsche Demokratische Republikでドイツ民主共和国
つまり、東ドイツのことである。

ベルリン大聖堂の川を挟んで向こう側にDDR博物館がある。
20141122-183.jpg

DDR博物館にあるDDRレストラン。旧東ドイツ料理を味わうことができる。
20141122-158.jpg

チケットを買い博物館に入ると旧東ドイツ製のバイクが展示されていた。
20141122-159.jpg

第2次世界対戦ではイギリスやアメリカ、ソ連と戦っていた、技術的な
一等国であったドイツは自国でバイクを作ることなど朝飯前だったのだ
ろう。

工業力だけではなく、色使いや形状など、独特のものがあるがなかなか
良いデザインだと思った。


こちらはキャッシュレジスタ。昭和の日本でもこんな感じだったような。
20141122-160.jpg

テレビ。
20141122-184.jpg

旧東ドイツの家の中の一部を再現したゾーン。
20141122-185.jpg

スパイに対する取調室のイメージなのだろうか。
20141122-186.jpg

よく見るサッカーゲーム。
20141122-187.jpg

東ドイツはワールドカップや欧州選手権ではほとんど予選敗退の弱い
チームだったがオリンピックでは強かったという。

共産圏ではオリンピックのメダルが国威発揚の手段だったこともあり、
オリンピックに賭けていたのだろう。

ビールとか日常品とか。
20141122-188.jpg

東ドイツの食卓。1950~70年代のアメリカとあまり変わらない。
20141122-189.jpg

東ドイツの映写機で映画を見られるコーナーもあった。
20141122-190.jpg

ソ連のマークがずっと移された映画。
20141122-163.jpg

マルクスとレーニンの像。
20141122-164.jpg

ソ連のゴルバチョフと東ドイツのホーネッカーのキス。
20141122-191.jpg

ホーネッカーは、ゴルバチョフの何代か前の書記長であるブレジネフとも
熱いキスをしているシーンが有名である。

当時の西側に対抗するためには共産圏での結束が必要であり、あなた
を受けれいてますよという気持ちを表すためオッサン同士のキスは普通
であり、また国民の命もかかっているので、大切な外交の仕事だったの
だろう。

こちらは東ドイツに多くあったヌーディストビーチ。
20141122-165.jpg

アメリカの文化の影響をあまり受けなかった国では、こういった裸の社交
場というものが結構あり、クロアチアなどでもまだヌーディストビーチが
残っているという。

そう言えば、日本も江戸時代までは混浴というものがあり、男女一緒に
風呂に入るというのは普通の感覚だったが、ペリーのせいで下品なもの
という扱いをされてしまったのを思い出した。

我々はすでにアメリカの文化が体に染み付いているので、裸=エロ→見
に行きたい、見せに行きたいという感覚があるのかもしれないが、アメリ
カの文化に触れていない人たちは、裸=エロとは捉えていないのかもし
れない。


ベルリンの壁の模型。
20141122-166.jpg

私の子供の頃のベルリンの壁というのはまさにこのイメージで、ここを乗り
越え西側に脱走しようとすると、容赦なく衛兵に殺されたという。

東ドイツのおもちゃ
20141122-168.jpg

これが有名なトラバントという東ドイツの国民車である。
20141122-167.jpg

通称、トラビと呼ばれていた。実物の車体はプラスチックで出来ていたそ
うである。購入してから納車まで10年もかかっていたと言われている。

しかも、このトラビは戦後もほとんど性能などが変わらなかったという。

一方西側は資本主義。競争社会であり終戦直後の車と1989年の前後
の車ではぜんぜん違うものになっていたわけで、そんなのんびりと仕事
をしているのに、軍事だけは西側と張り合うから、世の中いびつになり、
崩壊していったのである。

その結果が、このベルリンの壁崩壊という出来事に集約されるのであろう。
20141122-169.jpg


最後まで読んで頂きありがとうございます。こちらを押していただけると嬉しいです!!
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ
[ 2017年11月19日 04:06 ] ドイツ | TB(-) | CM(0)

フランクフルト・アム・マイン中央駅周辺

フランクフルト・アム・マイン。

日本人にとってあまり聞き慣れない名前だが、いわゆるフランクフルトの
ことである。

フランクフルト・アム・マインはこの都市の正式名称で、
「マイン川河畔のフランクフルト」という意味である。

フランクフルトは、ベルリン、ハンブルク、ミュンヘン、ケルンに続くドイツ
第5の都市で、欧州中央銀行の本店がある国際金融の中心地でもある。

そんな、国際都市であるフランクフルトの駅周辺は対照的に、若干の場末感
がある。

フランクフルト空港からHBfつまり中央駅へは列車で20分程で到着する。
20141123-77.jpg

空港列車は地下に到着するので地上階にあがる。
20141123-78.jpg

地上は長距離列車が発着する。
20141123-79.jpg

この日は日曜日だったのでビジネスマン風の人間はおらず旅行客ばかりだった。
20141123-80.jpg

コインロッカーを探していると、駅脇の出口から出てしまった。
20141123-81.jpg

放置自転車、バイク。国際都市には似つかわしくない雰囲気。

中央口に行く。
20141123-82.jpg

ここにも自転車が放置されている。
20141123-83.jpg

スタバがあったが休憩している客層が微妙。
20141123-84.jpg

中国のレストラン?新今宮にいそうなおっさんも歩いている。
20141123-85.jpg

人間の背の高さほどあるゴミ箱。
20141123-86.jpg

ところどころ、大阪の新今宮のようにアンモニア臭が立ち込める。

欧州中央銀行に向かう町並みが場末感たっぷりである。
20141123-87.jpg

私が訪れたときは大通りを使って欧州中央銀行に向かったので、気づかな
かったのだが、脇道にそれると風俗街出ることが、日本に帰国してわかった。

ドイツでは2002年に売春法が施行され、売春は合法となった。

ヨーロッパで風俗というと、オランダのアムステルダムの飾り窓が有名
であるが、オランダの売春も合法化されたのは2000年なので、どちらも
わざと最近のことということらしい。

風俗街には行けなかったので、ネットから拾ったフランクフルトの風俗街
の街並みを貼ってみたい。

夜の街並みをみると、歌舞伎町とか横浜の親不孝通りよりも派手な街並み
である。
20141123-88.jpg

国際金融関係のタワービルとSEX Inn。
20141123-89.jpg

自転車が止まっている。辛抱たまらなくなり自転車で駆けつけたのか?
20141123-90.jpg

ちなみにドイツで売春法を作るのに熱心だったのは、当時、連立政権をなし
ていたSPD(社民党)と緑の党だった。
彼らの目的は、売春を他の職業と同等にすることによって、売春婦の法的、
および社会的な状況を改善しようというものだった。
しかし、これらの社会保障を使う売春婦は稀だという。

それはそうである。売春婦が人に誇れる仕事な訳がない。

世の中の必要悪とか暗部はそのままにしておいたほうがいいのに、左翼の
連中は人の感情とかそういったことがわからず、こうあるべきだと考える
理想主義者であるというのはドイツも同じようである。

通りを抜けると、欧州中央銀行。駅から歩いて10分程度のところにある。
20141123-91.jpg

今度フランクフルトに行く機会があったら、ちょっと脇道にそれて
さっきのいかがわしい街でも歩いてみたい。

もちろん。中に入る勇気はない。



最後まで読んで頂きありがとうございます。こちらを押していただけると嬉しいです!!
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ
[ 2017年06月29日 04:27 ] ドイツ | TB(-) | CM(0)

アンペルマン

ドイツのベルリンに行くと、歩行者用の信号機の人の形のマークが、ちょっと
かわいい感じであるのに気づく。
20141122-25.jpg

この人の形には名前がついており「アンペルマン」と言われる。

1961年に東ドイツの交通心理学者カール・ペグラウに寄ってデザインされ、
1970年に公的に歩行者信号と認められ、東ドイツ各地に広まる。

その後、東西ドイツが統合されると、西ドイツ製の信号機に置き換えられる
予定だったが、西側の普通のデザインになるのは嫌だと、このデザインに
親しんでいた東側の市民が、アンペルマンを救えと運動を起こし、アンペル
マンも許容されるようになったという。

冷戦期を知っている私としたら、東側がおしゃれで西側が味気ないという
のも逆なんじゃないかなと思ってしまうのだが…

ベルリンの街にはこのようにアンペルマンのグッズを売ったグッズ屋があり
人気があるようである。
20141122-51.jpg

20141122-52.jpg

ただし、このアンペルマン西ドイツだった都市まで広がっているかというと、
そうではなく、フランクフルトの信号機は以下のとおりだった。
20141123-31.jpg


最後まで読んで頂きありがとうございます。こちらを押していただけると嬉しいです!!
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ
[ 2015年11月21日 04:52 ] ドイツ | TB(-) | CM(0)

ベルリンのファストフード

ドイツの食事というと、ソーセージとかポテトが有名だが、これにカレー粉や
ケチャップを使って味付けした、「カリーヴルスト」という食べ物が、国民食として
人気であるという。

実際に、ドイツに行った時に、駅前にあるスタンドで見かけたのは、
カリーヴルストやドネルケバブであった。

ドネルケバブのスタンドは日本でも見かけるが、このカリーヴルストのスタンド
はあまり日本では見かけない。
しかし、私がドイツに行った感触としてはカリーヴルストのほうが主流だった。

カリーヴルストのスタンドは、いろんな駅前で見かけたが、ドイツで一番評判
のよい、カリーヴルストの店があるというので行ってみることにした。

ドイツの地下鉄(Uバーン)の2号線、Eberswalderという駅で降りる。
20141122-120.jpg

向こうに見えるのがドイツのカリーヴルストの一番人気店「コノプケ」。
20141122-121.jpg

昼下がりの時間帯に行ったのに、この行列である。
20141122-122.jpg

ソーセージの種類も展示されているだけで8種類ある。
20141122-180.jpg

メニューを見るともっと細かく分かれているようだ。
20141122-182.jpg

色々書かれているが、頼むのはカリーヴルストである。
20141122-181.jpg

1.9ユーロでこのボリューム。
20141122-123.jpg

味は、ポテトにカレー粉をまぶして、ソーセージにケチャップ、マヨネーズと、
その気になれば自分でも作れそうなものであるが、手軽さや価格から、
ベルリンっ子に愛され続けられているのだろう。

カリーヴルストは、西ベルリンのヘルタ・ホイヴァーというソーセージ屋台を経営
する女性が、1949/9/4に、雨で客が来ない時に退屈しのぎに材料を混ぜて作っ
た料理がこのカリーヴルストだというのが通説らしい。

一方、このコノプケという店は東ベルリンに位置する店舗で1930年から創業して
いるらしいのだが、大戦後ベルリン封鎖のあった1948/6以降、東西ベルリンの
往来はできなくなっているのだから、通説と、この店がカリーヴルストを「伝統の味」
として売っていることと矛盾している。

まあ、こういった言い伝えというのは言ったもん勝ちのところがあるので、
何がルーツかと言い合うことにあまり意味は無いのかもしれない。


最後まで読んで頂きありがとうございます。こちらを押していただけると嬉しいです!!
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ
[ 2015年07月02日 04:46 ] ドイツ | TB(-) | CM(2)

ホロコースト記念碑

ベルリンのブランデンブルク門のすぐそばに、ホロコースト記念碑というものが
ある。

ホロコーストとは、第2次世界大戦で、ナチスドイツによりユダヤ人を始め、
ジプシーやロマ、同性愛者や障害者に対して行った大量虐殺のことである。

ホロコーストが人類最大の悲劇の一つであることは、間違いがない。

ブランデンブルク門で写真を撮ったあと、記念碑らしきものがないと思いながら
周囲を見渡した。
20141122-46.jpg

地球の歩き方を見ていると、今立っている場所にあるこの石版が、記念碑で
あることがわかった。

石版の高さはこのようにまちまちである。
20141122-175.jpg

たんだん、高い石碑が現れてくる。相変わらず、高さは不揃いである。
20141122-176.jpg

人の身長ほどの高さになってきた。
20141122-177.jpg

私の身長より高くなってきた。
20141122-47.jpg

ここまで来ると、迷路に迷い込んだようである。
20141122-178.jpg

三國志演義で、蜀の孔明が夷陵の戦いにおいて、相手側の智将陸遜を撤退に
追いやった石兵八陣を思い出してしまった。

この石碑の意図は、ここを訪れた人が、それぞれこの石碑の意味を考えてみよ
ということなのだろう。

月並みではあるが考えてみた。

ナチの結党後、ユダヤ人は差別され始めるが、最初は衣服にユダヤ人と区別
するためのワッペンを着けさせられ始めたところから始まり、徐々にエスカレート
し、強制収容所でガス室などで命を奪われるようになる。
そういった過程を、この記念碑の高さを持って表し、ユダヤ人等の抜け出せない
絶望みたいなものを表しているのではないかと考えた。

20141122-179.jpg

しかし、このホロコースト記念碑、正式名称は
「虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑」
と言われており、同じようにナチスにより虐殺された、ジプシーやロマ、同性愛者、
障害者などの犠牲者は対象となっていない。

この記念碑を作るにあたり、ユダヤ人以外に虐殺された人を含めるか含めないか
が論争になり、結局、ユダヤ人だけが対象となったそうである。

現在、ジプシーやロマ、同性愛者などの犠牲者の記念碑は、ドイツ連邦政府が
建設計画中であるという。

確かに、ホロコーストで犠牲になった人のほとんどはユダヤ人であるし、この事実
は後世になっても語り継がれていかなければならない、負の歴史である。

しかし、犠牲者をユダヤ人だけに限定するという意味が全くわからない。

結局、こういった考えが、また新たなる問題を生むだけのような気がする。


最後まで読んで頂きありがとうございます。こちらを押していただけると嬉しいです!!
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ
[ 2015年06月05日 04:18 ] ドイツ | TB(-) | CM(0)

ベルリンの公衆トイレの使い方

ヨーロッパ全般にそうだが、ドイツでも日本のようにトイレがどこにでもあるわけ
ではない。

日本のように、ちょっとトイレをしたいけど、いまちょっと急ぐからあとですれば
いいやという甘い考えは改めた方がいい。

私も、ベルリンで膀胱が破裂しそうになった過去がある。

ちなみに、昔イタリアに行ったときに一緒になった添乗員の話では、ヨーロッパ
人は膀胱が大きいから1日ぐらいトイレを我慢できると言っていたが、眉唾でも
なさそうな話である。

ちょっとした地下鉄の駅に公衆トイレはなく、写真のアレキサンダープラッツ
のような大きな駅に行かないと見つけられなかった。
20141122-173.jpg

さて、ベルリンでのトイレの目印は「WC-Center」でドイツ製英語である。
20141122-65.jpg

まあ、WCとも書いているからトイレであるということはわかるだろう。

入口はこのようにコインを入れなければならない。0.5ユーロである。
20141122-66.jpg

0.5ユーロを入れるとこの女性の右側に表示されているカードが出てくる。
20141122-67.jpg

ドイツの公衆トイレはSANIFAIRという会社が運営しており、トイレで0.5ユーロを
支払うと、0.5ユーロのこの金券が発行され、SANIFAIRと提携している店で使う
ことができるという。

実質タダでトイレを使うことができるのだが、そんなことを知らなかった私は、
結局金券だとは思わず、0.5ユーロ損してしまった。

ドイツやオーストリアに初めて行く人のために書いてみた。
20141122-174.jpg


最後まで読んで頂きありがとうございます。こちらを押していただけると嬉しいです!!
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ
[ 2015年05月04日 04:55 ] ドイツ | TB(-) | CM(0)

2014年中欧旅行記(ドイツ編)

中欧旅行記の後編である。

11月22日にベルリン、23日にフランクフルトを訪問した。

ベルリンについては、日照時間や疲れの問題もあり半日とちょっとしか行動できず、
主要な観光地も十分に周ることもできなかったが。

ブランデンブルク門やテレビ塔周辺、ベルリンの壁のイーストサイドギャラリーなど
最低限の観光地には行ったが、世界遺産の博物館の島の博物館が見れなかったり、
ナチスの傷跡であるテロのトポロジー、壁博物館など行く予定のところを全部回れ
なかった。

もうあと1日であればベルリンの主要なところを、2日あればポツダムにも行けた
だろう。

フランクフルトについては、イメージとは少し異なりちょっと治安が悪い感じだった。

フランクフルト中央駅の前は風俗地帯で、夜になると客引きとかがいたりして、
新宿歌舞伎町のような様相を呈しているらしいが、今回は昼間だけだったので、
ディープな街歩きはできなかった。

一般的な観光客が行く、ドイツらしいレーマー広場や大聖堂など見どころは観た
つもりである。

今回の旅行で、国際列車に乗ることに抵抗がなくなったので、今後長期休暇が取
れるのなら、またヨーロッパに行き、色んな国を周りたいと思った。

2014年中欧旅行記
http://www.green.dti.ne.jp/yama219/travel/201411Austria-Germany/index.htm

最後まで読んで頂きありがとうございます。こちらを押していただけると嬉しいです!!
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ
[ 2014年12月13日 04:10 ] ドイツ | TB(-) | CM(0)
カテゴリ

openclose

プロフィール

旅好きおやじの日記

Author:旅好きおやじの日記
職業はIT関係です。
趣味は海外旅行(22カ国制覇)、読書、資格取得です。
取得した資格は以下のとおりで、半分趣味のようになってます。

・情報処理
 ・ITストラテジスト
 ・システム監査
 ・プロジェクトマネージャ
 ・アプリケーションエンジニア
 ・テクニカルエンジニア(システム管理)
 ・テクニカルエンジニア(データベース)
 ・ネットワークスペシャリスト
 ・エンベデッドシステムスペシャリスト
 ・情報セキュリティアドミニストレータ
 ・情報処理一種
 ・情報処理2種
 ・情報セキュリティマネジメント
 ・ITパスポート
 ・情報処理安全確保支援士試験合格
・元PMP
・ITIL V3 Foundation
・Oracle Master Gold
・日商簿記1級
・建設業経理士1級
・英検2級

最新記事
カレンダー
プルダウン 降順 昇順 年別

05月 | 2018年06月 | 07月
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30



ブクログ
楽天
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
日記
560位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
会社員・OL
104位
アクセスランキングを見る>>
検索フォーム
人気ブログランキング
ブロとも申請フォーム